【第25話】 曖昧な世界と揺蕩う意識……② 渇きの終わりと忌まわしい輪郭

アドセンス横長

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5.5 曖昧な世界と揺蕩う意識……②

◆ 目覚めてしまった手遅れの現実

……目が……覚めた。

……醒めた……?

もう、手遅れ。

……手遅れ……かなしい……。

……さめたくなかったのに。

夜の風。

私の正面から吹いて、優しく身体を撫でながら後ろへと通り抜けていく。

風に踊らされた木々は葉っぱを揺らし、ざわざわと音を奏でている。

自己主張する野鳥の鳴き声が周囲に反響し、それに応えるように別の鳴き声が響いている。

実った果実でも近くにあるのだろうか。

甘い……甘い匂いが鼻孔を擽る。

周囲を見れば、夜の闇に紛れた生き物達が、赤く蠢いている。

――意識が。

あまりにも、はっきりしている。

知らず……流れた涙が、口に入った。

渇いた口のなかに、私の涙が……塩の風味が広がっていく。

……あ、ああぁぁ…………!!!

……戻ってしまった……。戻りたくなかった。帰りたい。帰りたい……。

……はっきりとしない輪郭の……何もかもがボヤけた、あの世界に……。

……帰りたい。帰りたい…………。

私はまた、輪郭がハッキリと存在する世界に、ぽつんと独り落とされた。

◆ 理解されぬ絶望、閉ざされたシェルター

……ここは、嫌だ!

……寂しい……。寂しい……。

……誰もいない……。独りぼっちだ……。

……誰もいない。誰とも、関われない……。

……誰にも、理解されない……。

……私は。私は……。

……独り……。また……独りぼっちなのだ。

意識を得た私の心は、喪失感で大きな穴が開き、絶望がずるずると流れ込む……。

……私は、なぜ生きているの?

私は自分が生きている事に、どうしても意味を見い出せない……。

……あの日……社会から拒絶された私は、一人になった。それから……ずっと独りだ……。

これまでも……これからも……。

……いやだ……いやだ……!!

私は引きこもる……救いの無い私の世界を、このまま静かに終わらせるのだ。



…………酷いものだ……あんなに私を傷つけた喪失感と絶望を、時間はいともたやすく取り上げていった。

時間は非情に、私に現実を突きつける。

……自分の意に反し……時間は私の落ち着きを勝手に取り戻してきた……。

――悲劇の主人公の時間は、終わったのだ――

現実の無情な仕組みに、私は冷めきった心でそう思った……。

◆ 魂の乾きと、逃げ込んだ救いの世界

喜び、心が満たされる事。怒り、腹が立つ事。哀しみ、号泣する事。楽しみ、心が踊るような事……。

そのどれもが、一人で得るには難しく、そして得られたとしても、その瞬間は酷く短い。

対して――苦痛だけは、一人で得やすく。

しかも、どこまでも持続性がある。

……不幸な事……。

私は人と関わる、あの喜怒哀楽を知っている。

……故に――独りは、激しい苦痛を伴う……。

……心が、どうしても人との繋がりを求めてしまう……。

……繋がりを得られない私の心は、ただただ、渇く……。

……どうしようもなく……渇いている……。

……渇いて、渇いて……。

……渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて……………、、、………………、、、、、、、、……、………………、、…、…、、………。

……そうして、完全に渇き切ってしまっていた……。

渇き切った私の世界はボンヤリとしていて、もう、何も感じなかった。

乾いて何も感じなくなった世界……私はそれに、心地良さを感じていた。

喜怒哀楽から距離を取られ……独りを苦痛に感じる私が、唯一逃げ込めたぼんやりとした救いの世界だった……。

◆ 恣意的な虚無、五感遮断の準備

そんな救いの世界から……私を輪郭のハッキリした地獄の世界に引き戻した、あの原因を思い出してみる。

それは、身に覚えのある感覚。

不安。寂しさ。……たまに、楽しい。

身に覚えのある感覚なのに、自分のモノでは、決してない……。

……不安や寂しさが、自分のモノなら苦痛を伴う……けれど……。

それが他人の感じているモノなら……心配になったり、慈愛を感じたりするらしい。

閉じた世界のなかで、私は……そんな当たり前のことを、思い出した。

……ふと思う。

意識がはっきりしてから、私はあの温もりを何も感じていない……。

……アレは……ただの夢だったのではないだろうか……。

アレが実際にあったことなのか、期待が……自信と一緒にみるみる小さくなっていく。

私は……結局、独り……?

ツーっ、と。涙が溢れる。

頬を伝い流れた涙は、ポタポタと地面に落ちてゆく。

非現実の願望が、私をこの地獄にまた落としたのだろうか。

……他人の感情を受け取る?

そんな非現実的な事、あるわけ無いじゃないか。

夢なんかが原因で、自分に優しくない世界に戻されるなんて……。

本当にそうならば……あまりにも残酷じゃないかと嗚咽が込み上げた……。

心が死んだ……ボヤけた世界。

それは死んでいるのと同じ。だけど……私に優しい世界。輪郭なんて、やっぱり要らない。

沈みたい……深く、深く沈んで、もう一度……全ての輪郭をボヤかしてしまいたい。

……戻りたい……戻してよぉ……。

……私は戻れないのだろう……それを、こぼれる涙が証明していた…………。

あのボヤけた世界に戻るまで……いったいどれほどの時間が掛かるのだろう……。

心が渇き切って死ぬまで、またあの地獄の様な日々を過ごすのか?

考えただけで、絶望に胸が締め付けられる。

……夢でなら。夢なら……また、誰かを感じられる?

やりたい事など無い私は、ただ眠る為に行動を起こした。

まずは空腹を癒やし、水を飲む。そして、外敵のいない、空気の流れを感じ難い洞窟に移動する。

準備はできた。

私は目を閉じ、視覚を閉ざした。

空気は停滞している。身動きを無くせば、地面の触覚も麻痺させる事が出来る。

食事は済ませ、味覚も必要ない。嗅覚は閉じればいい。

洞窟の中は静かだ。聴覚は仕事を見失う。

何も無い世界を、恣意的に作り上げた。後は夢を見るだけだ。

ここは嫌だ……独りは嫌だ。

脳裏を掠めた寂しさは膨張し……また涙が流れた……。

気持ちは縮み、心を守る殻は厚くなってゆく。

感じるから駄目なのだ。期待するから駄目なのだ。

ユラユラと意識を漂わせる……。それだけで良い。私は何も要らない。何も感じたくない、何も失いたくない。

私は世界から、一人取り残されている。一人……一人……独りなのだ。

夢で現実逃避をする筈が、現実は独りをより実感させる。

心が泣き、心が渇き、渇望する……。

……誰か……誰か……たすけてよ……。

そんな哀しみの感情すら……無情な時間にあっさりと乾かされていく。

残ったのは虚しさだった。それすらも麻痺する。もう、何も感じない。

あぁ……分かる……このまま私は意識を落していける……。

……………、、、………………、、、、、、、、……、………………、、…、…、、………。。。

◆ 雷撃の感応、爆発する歓喜

……あ。

……少し……なにかが……やっぱり夢だったのだ。

夢の出来事だと分かってホッとした。そして、酷く悲しくなった。

それでもいい。寂しくても、夢の中なら私は傷付かない。

……?……!?……???!!?

意識が完全に眠りに落ちる……その寸前だった。

……勘……違い……?

濃く暗い場所へと沈みかけていた意識が、期待でそわそわと浮き上がる。

……感じる……。感じる……? 感じた……ッ!?

……夢……じゃない……?

……夢じゃ、……なかったの…………!?

突如として、圧倒的な驚きが私の心を乱暴に埋め尽くしていく。

あり得ない。あり得るわけがない、落ち着け……。これは――外敵からの攻撃かもしれない。

辺りを警戒しろ。世界の輪郭を掴め、攻撃に備えろ……!

痛いのは、嫌だ。終わるのは良くても、痛いのは絶対に嫌だ……!

だけど……何も、無い。

何も無い……?

――いま。私は、呼びかけられた……?

私に……?

誰が……?

私を……?

誰かが……?

胸の奥がムズムズする。ソワソワと、血が跳ねる。

確信がある。さっきの『ソレ』は、あまりにもはっきりと……なにより明確だった。

……夢じゃなかったんだ!!

けれど――高鳴った自信は、すぐにずるずると萎んでいく。

萎んだ分だけ、真っ黒な不安が破裂しそうに膨らむ。期待してしまった分だけ、私は身を焦がすほど不安になる。

……お願い! 私を呼んで……!?

……私を……もう一度、呼んでほしい……。

……!!っ! っ!!!

……あぁ……ああ……ッ!!

……夢じゃない! 繋がった……繋がった、本当に繋がったんだ……!

私の心は、生まれて初めての……爆発的な歓喜で埋め尽くされた!

嬉しい。嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい……!!!!

◆ 途絶える繋がり、深まる狂おしき執着

………………え、終わった……??

……もう……おしまい……そんな、いやだ……っ!?

ぷつりと途切れた一瞬、途端に私の心は、狂いそうなほどの不安でいっぱいになる。

……容赦なく溢れ出した不安の泥水で、胸の穴が窒息しそうだ……。

――その時。

『…………っ!』

ほんの少しの、愛おしい不安を含んだ『ソレ』が、私のなかに静かに流れ込んできた。

――あ。

ホッとした。

私は、繋がっている……あの温もりに、私は今、確かに繋ぎ止められているのだと……。

いや……伝わってきたのは不安だった。

伝えてきた相手は、いま、激しい不安を感じている……?

……大丈夫なのだろうか……?

これを喪えば、私はまたあの孤独に逆戻りだ。

……それは……嫌だ……!

大丈夫なのか? お願いだから、無事でいてほしい……!

世界は残酷なのだ……一瞬の温もりを知ってしまったからこそ、不安は泥水のように膨らみ、胸を締め付けるほどの心配が生まれていく。

……世界は私に残酷だ……私は世界が嫌いだ……!

微かな繋がりすら奪われるという恐怖に、私は堪えられない!

◆ 断絶の奈落、忌まわしいトラウマの深淵へ

『…………っ!』

不意に、不安を含まない……比較的落ち着いた感情が私のなかに優しく流れ込み、そして――今度こそ完全に途絶えた。

……これで、終わり……?

繋がりが途切れたのが分かった……体中から一気に力が抜けていく……。

同時に、知らないうちに張り詰めていた緊張の糸が千切れ……底なしの疲労感が一気に噴き出してきた。

私はもう、何一つ考えられなくなっていく。

意識は朦朧とし、呆然としたまま暗い洞窟の底で深い微睡みに襲われた。

「ああ……おかあさん、おとうさん……」

手招きしている家族が見える。……失ってしまった、幸せの片鱗……。

霞がかった朧な世界に守られていた私は、あの忌まわしい輪郭の中へと堕ちていった……。

アドセンス横長

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