【第26話】 生存の代償 ……① 思春期の困惑と、尊厳のありか
6 生存の代償 ……①
リオニの仮眠中、ミカドは『顔の見えない相手』との交信を試み、見事成功させた。
しかし、その直後にリオニは仮眠から起床。
ミカドは自分たちの置かれた状況を思い出して正しく途方に暮れなおしていた。
◆ 遭難1日目:終わらない遭難、いつもの弄りと拭えぬ残像
(救助で洞窟に入ってから約15時間くらい)
魔猿から必死に逃げ、一切光の存在しない真っ暗闇の洞窟は、ただじっとしているだけで怖気に襲われ精神を病んでいく。
ミカドとエニアはその不安から目を逸らしながら、辛うじて仮眠を取り……次の行動に頭を悩ませる。
狭い岩陰で互いの体温が嫌でも肌に伝わってくるのもあるが、ミカドは極限の疲労のせいで意図せず怒張するという……男の生理現象を起こしていた。
「近くに魔猿はいないみたいだけど……だからって安心できないよな?」
あくまで疲労による無意味な怒張……やましい気持ちは微かしかなく、かといって無視できる痛みでもない。
そんな場合では無いことは重々分かっているが、ミカドは生理現象と現状……2つの問題を抱えながら、同時に問題と向き合わなければならなくなっていた。
「そりゃそうでしょ。ここで安心するのは馬鹿のする事でしょ。私達はホセじゃないんだから」
すぐ隣で、リオニがジト目を向けてくる。
薄暗い魔導具の光に照らされた彼女の顔が、無駄に近く感じた……。
リオニにコケにされたホセが思い浮かび、ミカドは思わず苦い顔になった。
……くっそ、早く治まってくれ~! 頼む! 気まずくてやれん!!
……俺、意外とホセに似てる所多いんだよな……。
……それより、魔猿は本当に近くにいないんだよな?
ミカドの頭には、あの凄惨な戦場で吹き飛ぶ人間の映像が、今もべっとりとこびり付いている。
あんな化け物に今襲われたら、もう絶対に生き残れない。
確実に死んでしまうだろう。
先の見えない絶望的な暗闇の中、疑心暗鬼のミカドは安全確認を繰り返すが、何度確認しても全然落ち着けなかった。
思わず震えそうになる手を隠そうと身を縮めると、ふわりとリオニの髪の香りがミカドの鼻腔をくすぐった。
別の意味で心臓が跳ね上がり、無意識に庇護欲が少しだけ……むくりと起き上がった……が、ミカドにはそれが何なのか、よく分かっていなかった……。
救助待ちの損得勘定と、後回しにされる命
「ここにいてもジリ貧だし……それこそ死ぬだけだよな?」
「そうね。でもどうする?」
……ここにいたら多分駄目だろうな。
膝を抱えたままのリオニに、ミカドは上目遣いでじっと見つめられている気がした。
いつもの勝気な態度とは裏腹に、その瞳には隠しきれない疲れと、どこか男であるミカドを頼るような、脆い光が混ざっているように見える。
……落ち着け、あれはそう見せているだけだ。
ミカドはあえてリオニから視線を外し、暗闇を見つめながら必死に思考を巡らせた。
この場から一歩も動かずに救助を待つ、という選択肢も頭をよぎりはする。
「あの混乱だからなあ。被害とか、あの場にいた奴らも把握しきれてないかもだし、ギルドも被害をまとめるのに時間が掛かりそうだよな……」
「アレックス……じゃなくても、私たちがいない事には気づくでしょ?」
……それはそうだけど。
リオニのいう通りだが、ベテラン冒険者やギルドから見れば、新人である俺たちをわざわざ危険を冒してまで助けにいくメリットは極めて低い。
「救助が来るとしても……後回しになるな、間違いなく。俺たちの命なんて、奴らにとっちゃ安いし……俺ら、無理言って付いていったんだぜ?」
……俺は違うけどな!!
そう言ったミカドの声を、リオニは黙って聞いていた。
狭い空間の中、彼女の吐き出す吐息がミカドの首筋をかすめ、過酷な遭難中だというのに、ミカドは思わず目を瞑って平常心を整えさせられた。
「救助を期待するのは愚策だろうし……やっぱり、自力でなんとかするしかないよなぁ」
「みんな散り散りになっちゃったしね。ギルドが助けに出たとしても、ミカドのいう通り私たちがターゲットに限定されてるわけじゃないだろうし」
……そうだよな。他にも救助待ちの奴らは大勢いる。自分の事は自分で何とかするしかない。
ミカドもリオニも、冷酷な現実を正しく受け入れていた。
……魔猿みたいな質の悪い敵と出会ったら最悪だけど……たぶん帰れないわけじゃない。
だが、リオニの本音はどうなのかが気になった。
「なあリオニ……手探りでも、慎重に……自力で帰るのが現実的だと思うんだけど。俺たちだけで、帰れるかな?」
思春期の困惑と魅惑の太もも
「やるしか無いでしょ!」
リオニはきっぱりと言い放ち、ミカドの方へグッとにじり寄った。
魔導具の明かりを点けていても、周囲は暗く、どうしても距離が近くなるのは仕方ない。
……だからって!! うおっ!? ちょっと待て、近い! 近すぎだってば!!
狭い岩陰がさらに狭くなり、彼女の太ももの柔らかな輪郭が、ミカドの脚に……ほんの少しだけ触れている。
身体の緊張とは裏腹に、下半身の愚直な生理現象が再び自己主張を強め、ズボンの布地を内側からきつく突っ張らせる。
ミカドはリオニに恨みを溜めながら、あえて大袈裟に頷いて会話に集中した。
「そ、そうだよな! やるしかないよな! それで、何か具体的な案とかあるか?」
「なるべく狭い道を選んで通ったり、こまめに動きを止めて耳を澄ませば、索敵の精度が上がって危険は減らせると思う。大物の魔獣は狭い通路には入ってこられないしね」
「おお!? それはやったほうがいいな!!」
「それで他の探索者が残した痕跡を探して、見つかればそれを追って帰れると思う……」
……状況は最悪のはずだけど、流石はうちの作戦担当だ!
リオニと話してると、何だかやれそうな、無事に帰れそうな気がしてくるから不思議だった。
先行きは全く見えなかったけれど、前向きに頭を回してくれるリオニと一緒なら、暗闇の中で蹲って動けなくなる心配は無さそうだった。
下半身の無意味な怒張の痛みに耐えながらも、ミカドは心からリオニの存在に感謝していた。
◆ 遭難2日目:たまたまの独占、生存のための割り切り
ミカドとリオニの2人は、現在位置が分からなくなってたぶん丸1日近くも洞窟の暗闇の中を彷徨い歩き、精神的にも肉体的にも完全に擦り減らした。
そこら中、どこにでもある岩の窪みに身を潜めたものの、1日中歩き回ったせいで、下半身の無意味な怒張がズボンの布地に擦れて、さっきから地味に……ずっと痛かった。
ポジションの悪さに落ち着かず、痛む箇所をどうにか刺激しないよう、ミカドは慎重に足を組み替えながら、荷物から干し肉を取り出した。
「食料……なんか、俺達が独占したみたいで申し訳ないな……」
「それは運よ! 逆に、これだけ食料があるんだから絶対に生きて帰らなきゃ!」
すぐ横で干し肉を囓るリオニが、力強くそう言ってミカドの顔を覗き込んできた。
暗闇のなか、至近距離で見つめてくる彼女の瞳の強さに、ミカドの心臓が不意にトクンと跳ね上がる。
驚きとドギマギを誤魔化すように、ミカドは慌てて手元の干し肉を口に放り込み、ガシガシと強く噛み砕いた。
……なるほど、そういう考え方か。
この食料は、荷物持ちとして後衛が持っていたものだ。
誰かを出し抜いて独り占めしようとして持っていた訳ではなく、たまたま役割だっただけなのだ。
……他の遭難者には悪いけれど、リオニの言う通り、ありがたく使わせてもらおう。
ズボンの内側で擦れる、身勝手な生理現象の痛みに冷や汗を流しながらも、ミカドは生きるためにそう割り切った。
ロマンスなき排泄と、消えぬ恥じらい
「……ミカド、それ食べ終わったらおしっこ行くから見張りしてよ……」
「あ、ああ……じゃあ、ついでに俺も済ませよう……」
ミカドの怒張と同じで、生理現象は男女関係なく発生する。
既に何度か済ませているといっても、まだまだリオニの恥じらいは強く残っているようだ。
当然、ミカドも恥ずかしい……が、生きるためには、避けて通れない問題だった。
……自分がするより、近くで見張ってる方が大変とは思わなかったけど……。
ロマンスとは程遠い……けれど、全く何も感じないという訳でもない。
それがかなりしんどかった……。
――こうして、まだ「恥じらい」を残したまま、地獄の2日目が更けていく。

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