プロローグ

プロローグ

お互いがほんの少し、一歩ずつ引けばいい。

そうすれば世界はもっと平和になるし、みんなが幸せになれる。

……何一つ間違っていないはずだ。

そんな僕を、あいつはいつも「クズ」と呼ぶ。

ボコッ。バキッ。バシッ。バキッ。

鈍い肉声と、骨が軋む不快な音が学食に響き渡る。

「おい! 何やってるんだ! 止めろよ!

 暴力ふるっても何も解決しないだろうが!」

穏やかな日の差す学生食堂の一角。

そこに、場違いなまでの怒声を響かせる男がいた。

同じ学生と思われる相手を床に組み伏せ、容赦なく拳を振り下ろしている。

「おいハウル! だからもう止めろって言ってるんだ!」

狂犬。凶獣。

その場にいる誰もが、ハウルと呼ばれるその男の凶行を、ただ怯えて見守ることしかできない。ただ一人を除いて。

やさ男……ローレンは、声を張り上げながら懸命に制止を試みる。

しかし、言葉だけでハウルの拳が止まるはずもなかった。

……言葉でダメなら、仕方ないよな。

ローレンは躊躇なく、次に振り下ろされるはずだったハウルの拳の軌道上へ、自らの身体を無理やり割り込ませた。

強制的に遮られ、殴る動作を中断させられたハウル。

動きを止め、邪魔に入ったローレンを、獰猛な顔で憎々しげに睨みつける。

そして、足元に転がる被害者以上の嫌悪感を向け、蔑みを込めて吐き捨てた。

「ローレン……チっ、クズが……」

「お前はいつもいつも……何でそうやって、すぐに暴力で解決しようとするんだよ!」

正しいことをしている……ローレンの瞳には、一切の揺らぎがない。

ハウルの暴力を「絶対に悪である」と断じる確信を持った目がハウルをより苛立たせる。

しかし、そのあまりにも押し付けがましい横槍によって、ハウルの昂っていた感情はぶつける場所を失っている。

「うるせぇんだよ! この偽善者が!」

ハウルの怒号。

一瞬にして、場の空気は完全に氷点下まで冷え切った。

これ以上この男と関わることの不快さに耐えかね、ハウルはその場を離れようと背を向ける。

非難の目を向けてくるローレンの顔など、一秒たりとも視界に入れたくなかった。

「反吐が出る!どけよクズ!」

ハウルは低く唸りながら、進路を塞ぐローレンの肩を、ドンッと力任せに押し退けた。

いつもそうだ。

ハウルは、ローレンが撒き散らす「偽善」と「お節介」が、虫唾が走るほど気に食わなかった。

とはいえ、周囲にいる大多数の人間は、ハウルではなくローレンを支持する。

いや……支持しているというより、ハウルという狂犬のような分かりやすい悪役が孤立し、排除されていく様を安全な特等席から楽しんでいるのだ。

怒りをぶつける正当な場所すら奪われたハウルは、今回もまた、胸の内にどす黒いイライラを募らせるハメになった。

肩を怒らせて立ち去っていく後ろ姿を、ローレンは小さく息を吐きながら、呆れたように見送るのだった。

「全く……。大丈夫か?」

怒り肩で立ち去っていくハウルを呆れながら見送り、ローレンは床に放置されている男へと視線を落とした。

そこには、先ほどハウルに向けていた熱い眼差しや気持ちなど、ひとかけらも残っていなかった。

「怪我は……まぁ、大したことは無さそう……かな?」

「くそっ! お前の連れ、イカれてんじゃねぇのか!?」

ハウルがいなくなった途端、殴られていた男は急に威勢よく怒鳴り散らした。

「おいおい、現金なやつだな。まあ、それだけ元気なら大丈夫そうだ。とにかくすまなかったな」

かなり一方的に殴られていたはずだが、男の命に別状がないと分かった瞬間。

ローレンの中から、その男に対する興味は文字通り綺麗さっぱり無くなった。

いや……初めから、この男のことなどどうでもよかったのだろう。

「酒でも飲んで忘れるといいよ」

慰謝料代わりの小銭を、まるで道端の物乞いにでも放るような無造作さで男に握らせる。

ローレンの意識はすでに、視界から消えたハウルをどう追いかけるか、それだけに向いていた。

尚も不満を口にする男の声を、完全に右から左へと受け流して置き去りにする。

「お、おい! これで終わりかよ!?」

背後でモブ扱いを受けた男が憤慨しているが、ローレンはそれを無視して、校舎の壁に設置された時計をチラリと見上げた。

「あ、早く行かないとお昼ご飯の時間が終わっちゃうな」

ハウルとの衝突、そして血の流れるほどの暴力事件。

そんな大騒動の直後だというのに、ローレンの呟きには、ボヤきほどの焦りは感じられない。

それどころか、何事もなかったかのように余裕のある足取りで、スイスイ人を躱しながら食堂の方へと進んでいく。

ローレンの頭を占めているのは、せっかくの平穏な休憩時間を無駄な争いで消費させた原因であり、正しい行動をしたはずの自分をクズと罵った存在……ハウルへの興味だけだった。

目的の学生食堂に足を踏み入れると、何やら不穏な空気が張り詰めていた。

……またハウルが何かやらかしたのか?

そう思いながら渦中の方向へ視線を向けてみる。

しかし、どうやら今回の騒動は、あの狂犬が原因ではないようだった。

「ちょっと! 貴方のせいで私の服が汚れたって言ってるのよ!?それが謝ってる態度なの!?」

甲高く荒ぶった声が、昼時の食堂に響き渡っている。

……やれやれ、あっちもこっちもトラブルか。

ローレンは内心でため息をつきながら、人だかりの隙間からその様子を窺った。

声を荒らげる女子生徒が、自分の上着を持ち上げながら、染みのついた部分を指差して激しく抗議している。

「私もザハグランロッテさんの態度は良くないと思うわ…」

周りにいる女子生徒が、抗議している女性を加勢しているようだ。

友人と見られる女子生徒たちは数人だが、ニヤニヤと品定めするような視線を投げかけていた。

それに対して、ザハグランロッテと呼ばれた女子生徒は、ただ一人で佇んでいた。

彼女の側には、味方をする者は誰もいない。

「私の落ち度で貴方の服を汚したのは確かよ。悪かったわね。服は新しい物を用意して送らせるわ」

感情のいっさい籠もらない口調。
興味のなさそうな、底冷えするほど冷めた態度。

謝罪の言葉を口にしてはいるものの、これでは相手の火に油を注いでいるようなものだろう。

怒りがヒートアップしても仕方がないように思える。

第三者であるローレンの視点でも、それはとても謝罪している人間の態度には見えなかった。

周囲の学生たちが、待ってましたと言わんばかりにヒソヒソと囁き合う。

責められているのは名家のお嬢様であり、ローレンも名前と顔くらいは知っている人物だった。

本来なら、大概の相手は家名だけで引かせられるほどの名家である。

それが『没落しかけ』という弱味を見せた瞬間にこれだ。

格好の獲物を前に、この『地の街』の住人たちは、引きずり下ろす機会をいまかいまかと楽しんでいるのだ。

その陰湿な熱気が、食堂の空気を更に、じっとりと重くさせていく。

……どうしてみんな、仲良く出来ないのかな。

争いという不毛な行為は、ローレンにとって理解できない事柄の一つだった。

お互いにほんの一歩ずつ引けば、綺麗に仲良くできるはずなのに。

争いは、大抵の場合において回避できるものだ。

ローレンは、そんな信念めいた考えを持っている。

ハウルと揉めてしまうのは、自分がいくら一歩引いても、ハウルがそれ以上に一歩も引かないからだ。

少なくとも、ローレン自身は本気でそう考えている。

……さて、どうしたものか。

ハウルと揉めてばかりの言い訳はともかく、しばらく様子を見て、このまま解決しないようなら、あの哀れな女生徒たちの争いに介入しよう。

ローレンはそう心に決めた。

「だから言っているでしょう! 私が欲しいのは貴方の『心からの謝罪』です!服の弁償なんて当然の事でしょう!」

女子生徒の怒りは周りにやんややんやと煽られた事もあり、最高潮に達していた。

ザハグランロッテが頭を下げ、プライドを粉々に砕いて謝罪しなければ、到底この矛先は収まりそうにない。

対するザハグランロッテは、これ以上の頭を下げるつもりなど毛頭無い……というように、冷徹な仮面を崩さない。

このままではお互いに平行線が続くだけだ。

「仕方ないか……」

双方が一歩も引くつもりがないのだ。

そう判断したローレンは、両者の間を取りなそうと、いつもの「完璧な笑顔」を張り付けて声をかけた。

「ねぇ、そろそろ終わりにしようよ」

自分が部外者であり、酷くお節介なのは自覚している。

それを少しでも和らげる手段として、ローレンがよく使う手段……それが、この温和な雰囲気と、敵意のない穏やかな笑顔だった。

「ローレンさん……」

怒っていた女子生徒はそう呟いて、少し嫌そうな顔をした。

しかし、それはローレン自身を嫌っての反応ではない。

「私は、ザハグランロッテさんがちゃんと謝ってくれれば、それで良いのです!」

女子生徒は先程と同じ主張を、今度はローレンに向かって繰り返した。

「それは見ていたから理解しているよ。ごめんね、盗み聞きするつもりは無かったんだけど、自然と聞こえちゃったからさ」

ニコニコしながら、ローレンは申し訳なさそうなジェスチャーを少しだけ付け加える。

突然現れた部外者の自分を、女子生徒はが排除できずに戸惑うだけなのを確認すると、ローレンはそのままザハグランロッテと向き合った。

「僕も一緒に謝るからさ、仲直りしようよ」

ローレンも、ザハグランロッテがこの学内でどれほど難しい立場にいるか、そして彼女のプライドが高い性格なのも実は知っている。

けれど、彼女だってこのまま周囲の好奇の目に晒され、争いが続くのは流石に嫌だろうとローレンは判断した。

「は? 貴方には関係無いことよ」

スパッと……ローレンの提案は一瞬で拒絶された。

この場が解決に向かうなら、少しは僕の提案に乗ってくれるかもしれない……そんな淡い期待は、刃物のように切れ味の鋭い言葉でバッサリと切り捨てられた。

……予想はしてたけどね。

「うーん。こんな時なら多少は耳を傾けてくれると思ったんだけどな……。不本意かもしれないけれど、仲直り……解決する為だと思ってさ」

ローレンは焦らず、さらに笑顔を深めて言葉を続ける。

……このまま、僕とザハグランロッテさんの争いにすり替えてしまえば、この問題は解決する……。

ローレンは、このザハグランロッテと女子生徒の争いを、自分とザハグランロッテの争いにすり替えてしまおうと考えていた。

そうすれば、休憩時間さえ終われば問題は自然に解消…..いや、有耶無耶にできる。

休憩時間が終わった後、ザハグランロッテに自分が頭を下げて譲ればいいだけだ。

ローレンにとっては、別に勝ち負けを争う意味なんて無いのである。

自分でもこれ以上ない完璧な作戦だと自負していたローレン。

しかし、その独善的な思考を、ザハグランロッテの次の一言が根底からぶち壊した。

「仲直り? 仲を取り持つつもりかしら。それなら尚更必要無いわ。そもそも、取りなす仲など最初から無いのだから」

冷めきった表情のまま、ザハグランロッテは平然とそう言い放ったのだ。

「ちょっ……」

人がせっかく君のために……そう言いかけたローレンだが、その言葉を辛うじて飲み込んだ。

それを口にすることは、自身の「平和的解決」のルートから遠ざかることを意味するからだ。

「だから! 貴女がきちんと謝ればいいだけでしょう!!」

大人しく聞いていた女子生徒が、ザハグランロッテのあまりの不遜さに、益々怒りを爆発させた。

さらに、周りの見物人たちもザハグランロッテの発言にかなり引いている様子だ。

明らかにザハグランロッテを非難する声が大きくなっていく。

しまったな……どうすれば……。

ローレンが完璧と思っていた作戦は粉々に砕かれ、このままだと状況はさらに悪化しそうだった。

どうしたものかと悩み、ローレンが後ろ頭をポリポリと掻いた、その瞬間。

背後で、空気が爆発したかのような、なにかが大きく動く気配を感じた。

『ガンッ!!』

鼓膜を打つ凄まじい衝撃音が響き、胸が跳ねた。

音の方を見ると、木製の椅子が食堂の端まで無残に転がっていた。

「お前らうるっせぇんだよ!」

地を這うような、凄まじい男の怒声が食堂の空気を震わせた。

……やっぱり、アイツだったか。

空気を震わせた怒声の主を振り返り、ローレンは内心でため息をついた。

そこには予想通り、ハウルが怒りの形相でこちらを激しく睨みつけていた。

……僕がこの場にいるから、余計に怒りが増してる感じかな……?

ハウルの爆発しそうな様子から、ローレンはその心情をいつも通り冷静に推し量る。

「人が静かにメシを食いたいと思ってりゃ、ピーチクパーチク大声で囀りやがって!」

「あ、貴方には関係ないでしょう!?」

ザハグランロッテに怒鳴っていた女子生徒が、激しく肩を震わせながらも、果敢にハウルへと言い返した。

「それに! あ、貴方の方がよっぽどうるさいじゃない!!」

「そ、そうです。貴方の方が静かにしてください」

「椅子を投げるなんて……野蛮な人は黙っていればいいんです!」

一人が声を上げると、堰を切ったように周りの友人たちがハウルに向かって一斉に非難の声を浴びせ始めた。

「投げてねぇよ!蹴り飛ばしただけだッ!!」

なるほど、仲間がいるからこそ、あの狂犬にも立ち向かえるわけか……ローレンは冷ややかに観察する。

「うるせぇ!! そんな細かい事はどうでも良いんだよ!!」

対するハウルだが、残念ながら相手の『数』で怯むようなタマではない。

今にも殴りかかりそうな狂暴な威圧感を放ち、女子生徒たちを上から恫喝する。

「おら! お前らのせいでこっちは不愉快な思いをしたんだ! 今すぐ謝罪しろよ!!」

あまりにも自分勝手で理不尽なハウルの要求に、食堂の誰もが唖然とし、凍りついた。

しかしその静寂を破り、この場で最も頭を下げそうにない人物が、平然と謝罪の言葉を口にする。

「すまなかったわね」

彼女はチラリと校舎の時計を確認し、続いてハウルのテーブルへ視線を落とした。

「そこの、まともに食べられなかった分の費用は私が出すわ」

そう言い放ったザハグランロッテを、ハウルは低く鼻で笑って一瞥すると、すぐに視線を女子生徒たちへと戻した。

…..あんな適当な謝罪でいいのか?

いつもなら難癖をつけそうなハウルが、あっさりとザハグランロッテの言葉を受け流したことを、ローレンは意外に思う。

しかし、ザハグランロッテが先に引いてしまったことで、食堂内の空気は一変した。

今度は、頑なに謝ろうとしない女子生徒たちの側にこそ『非』があるような、重苦しいプレッシャーが場を支配し始める。

「おら! 早く謝れよッ!!」

ハウルの怒声。

その圧倒的な勢いに耐えかね、女子生徒は悔し涙を目に溜めながら、渋々謝罪の言葉を吐き出した。

「な、何よ! 謝れば良いんでしょ! 悪かったわよ、私たちがうるさかったのは事実ですもの!」

……その瞬間だった。

ハウルが足元の椅子を、今度こそ思い切り蹴り飛ばした。

木製の椅子は凄まじい破壊音を立て、綺麗な弧を描きながら、食堂の端まで吹き飛んでいく。

『ガシャァァンッ!!』

「きゃあぁぁッ!!」

耳を裂く衝撃音と悲鳴が、食堂にいる全員の心に決定的な『恐怖』を植え付ける。

「あぁ……? てめぇはそれじゃ駄目だろうが?」

ハウルは完全に怯えきった女子生徒を冷徹に見下ろした。

「さっきまで偉そうに『気持ちが篭ってない』だの何だのほざいてただろうが……あぁ!? 今のお前の謝罪の、一体どこに『悪かった』って気持ちが入ってんだよ……!殺すぞ!!」

なるほど、ハウルは最初から、一連の流れをすべて聞いていたのだ。

確かにハウルの言い分は、ぐうの音も出ないほどの正論だった。しかし、やり方が横暴すぎるし『殺すぞ!!』は明らかに言い過ぎだ。

「やり過ぎだぞハウル! それに、暴力で相手を思い通りにしようとするのは絶対に違うだろ!?」

ローレンはハウルを止めるため、それが自分の義務だと言わんばかりに割って入った。

「あぁ? お前がそれを言ってんのか? 頭わいてんのかよ……!」

ハウルから投げつけられた侮蔑の言葉に、ローレンは一瞬、純粋な疑問を抱いた。一体、何のことだろうと。

「お前はそこの女どもに味方して、集団の『数の暴力』を振るって、相手を思い通りに動かそうとしてただろうが! だからてめぇはクズなんだよ!!」

ハウルの怒号が、ローレンの脳髄を直接殴りつけた。

ハウルがおもむろに近くの椅子を掴み上げる。

「あ? ダメだ! みんな逃げて!!」

ローレンは我に返り、女子生徒たちを逃がすために、ハウルの投擲を防ぐ盾となるべく身構えた。

「こいつは僕が抑えるから! 早く行って!!」

女子生徒たちは悲鳴を上げながら、クモの子を散らすように食堂から逃げ出していった。

実際に、かなりの質量を持った椅子がローレンに向けて投げつけられ、鈍い音を立てて激突する。

「ほら! も、もういいだろ!? ハウル、落ち着けよ! ま、待っ……!」

椅子を投げ終えたハウルは、肩を大きく怒らせたままズカズカと歩み寄り、進路を塞ぐローレンの顔面を思い切り殴り飛ばした。

激しい衝撃とともに、ローレンの身体が床を転がる。

「クズが……」

床に倒れ込んだローレンを見下ろし、少しだけ虫の居所が収まったのか、ハウルは荒れ果てた食堂を見渡した。

ちょうどそのとき、休憩時間の終わりを告げる重々しい鐘の音が響き渡る。

「あの食事なら銅貨10枚ね。ここに置いておくわ」

声のした方を振り返ると、避難もせずその場に残っていたザハグランロッテが、近くのテーブルにきっちりと食事代を置き、何事もなかったかのような足取りでスタスタと食堂を去っていくところだった。

ローレンは床に這いつくばったまま、彼女の底知れない胆力に、ただただ感心するしかなかった。

ハウルはテーブルの銅貨を無造作に回収し、自分が暴れて散らかした食堂を少し整え、「残りはお前が直しとけ!」と言い残して食堂を出て行った。

静まり返った食堂で、ローレンは一人、痛む身体を起こして先ほどの言葉を反芻する。

「はぁ……。流石に今回は、僕の方が分が悪かったかなぁ……」

ザハグランロッテと女子生徒の争いに、良かれと思って余計な茶々を入れ拗らせ、それをハウルに完璧な正論で非難された。

「確かに……。ザハグランロッテさんは、彼女なりの方法で最初にちゃんと謝罪を提示していたんだな……」

ハウルの言う通りだ。あの場面で本当に暴力を振るっていたのは、数に物を言わせて相手のプライドを執拗に痛めつけようとしていた、あの女子生徒たちの側だったのだ。

正しさを尊び、暴力を何よりも嫌う自分が、その本質を見誤り、ただ『強い集団の側』に立って物事を丸く収めようとしていたとは。

介入したこと自体に後悔はなかったが、その内容と結果については、大いに反省しなければならない。ローレンは散らばった椅子を片付けながら、自身の浅はかさを深く恥じるのだった。

……それにしても、ザハグランロッテさん。これからもあんな感じでいくんだろうか?

彼女は伝統ある名家のお嬢様だ。しかし昨今の時勢で家の力が衰退し、今や『没落寸前』と学内で噂されている。

そんな背景もあり、彼女は入学当初から学内での居場所を有していなかった。

誰もが羨み、決して届かない高嶺の花でもおかしくなかった存在。

それが自分たちと同じ、あるいはそれ以下の場所まで落ちぶれていく姿は、周囲の人間にとって格好の娯楽なのだ。

強者に対して歪んだ劣等感を抱いている者たちにとって、これほど残酷で、これほど愉悦に浸れる標的はない。

……この『地の街』の住人たちは、そんな弱味を絶対に見逃さない。

弱った人間を見つければ、誰もが嬉々として、その背中から容赦なく追い打ちをかける。そういう陰湿な人間が、この街にはあまりにも多すぎるのだ。

「僕やハウルの方が、一般的な『地の街』の住人より、よほど穏やかでまともな生活をしてるかもしれないな……」

ザハグランロッテの本来の家柄に比べれば、自分もハウルも、何の取り柄もないただの准男爵の子供に過ぎない。けれど、あの孤独な彼女に比べれば、自分たちへの風当たりなど、よほど緩やかで生温かいものだ。

そんなやり切れない思いを胸に抱きながら、ローレンは静かに食堂を後にした。