【第33話】 生還と仲間の変化……④ 嫌なんだと思うよ、仲間を失うのが
7 生還と仲間の変化……④
◆ 八つ当たりと、消えないトラウマ
「ふぅ。助けてくれてありがと。これでちょっとスッキリした!」
……あ、頭、、つ、付いてる……よな?
地獄のような恐怖の時間が嘘だったかのように過ぎ去り……ミカドの頭蓋骨も、まるで何事も無かったかのように綺麗な形を保っていた。
肉体的な痛みは完全に消え去ったが、精神に深く刻み付けられた傷は、これからも事ある度に思い出されることだろう。
……絶対トラウマになるだろ、これ。だから、こいつらとの恋愛なんて天地がひっくり返っても無理なんだよ!
過去に孤児院の仲間内で恋愛ブームが3巡し、全員が性格の不一致で壊滅したあの黒歴史を差し引いても、加護持ちの女のフィジカルと精神構造はミカドの常識を超えてくる……。
……俺も、性欲のせいとはいえ……3巡もしたのが恐ろしい。思春期がヤバすぎる……。
どれだけ危険を理解していても、直ぐに下半身が危険を麻痺させてくるのだ。
なんなら今もちょっと反応しそうな自分に、ミカドはうんざりしている。
「……もう……この件は……これで終わり、ってことでいいよな?」
顔を青白くさせたミカドを目の当たりに……ここから更に話を掘り下げて『チョメチョメの内容』を追及しようとする命知らずな奴は、ホセを含めて流石に一人もいなかった。
…………誤魔化してこれだろ……? 本当の事を言ったら……。本当はケツからぶち込んだんだよ……何て、リオニに知られたら……マジで……死…………?
それはもう、八つ当たりとかいう生易しい次元じゃ済まないだろう。
エールをゴクリと喉に流し込みながら、ミカドはあの洞窟の秘密を、深く深く埋め直すことを固く誓った。
「ねえ、ミカド。他にはもう、なぁんにも隠してないよね?」
「なななな、無い! 無い無い!! 絶対に! 何にも無い!! 絶対の絶対だ!!」
どこか楽しげな笑顔すら浮かべているリオニの尋問……ミカドは顔色を白から青に変え、裏返った声を張り上げて激しく首を横に振った。
もうこれ以上の追及は、精神的にも肉体的にも耐えられそうにない。
誤って口を滑らす可能性が頭をよぎり、溢れ出る冷や汗が、ダラダラと顔や背中を流れていく……ミカドは必死の形相で、この最悪な話題を終わらせるべく言葉を捲し立てる。
リオニの瞳の奥には、まだ明確に疑いを残す昏い色を見せていた……。
一方のミカドは、もう彼女に一歩も近付くことすらできなかったし、目を合わせることすら恐怖だった。
「まるで私が悪者みたいじゃない!」
ズレた憤慨を見せるリオニに、ホセがポツリと恐怖をこぼした。
「……やっぱ、加護持ちの女は恐ぇよ……。あんなの、まともに相手してたら命がいくつあっても足りねえって……」
テーブルの対面でその一連のバイオレンスなやり取りを眺めていたホセは、自分の安易な発言が原因であることにも気づかず、神妙に喉を鳴らして慄いている。
「お前、後でミカドに謝っておけよ……?」
ソーマはそう言ったあと、キョトンとしているホセに気づき、無駄な助言をしたと落胆した……。
◆ 語られる居残り組の苦悩と、それぞれの責任
「ところでさ。オマールとエマの2人はここにはいないの??」
先ほどまで頭蓋骨を破壊するという悍ましい暴力を行使していたリオニが、まるで何も無かったかのような軽い雰囲気で話を変えた。
周囲の男連中は、それを見てドン引きしている。
「あぁ、あの2人にはちょっと別の場所で待ってもらってたんだ。ちょうど、そろそろ呼びに行こうと思ってたところだよ」
ソーマはそう言って、エールをぐいと飲み干すと席を立ち、店から出ていった。
「ミカドとリオニの2人が戻らない間さ……オマールとエマが、もう見てられないくらい凄く落ち込んでてね……」
……え? 何で?
居残り組だったカイリが、少し寂しそうな表情を浮かべながら、留守中の2人の様子を詳しく教えてくれた。
そんなに落ち込む理由が分からないミカドの疑問を埋めるように、カイリが更に補足を入れてくれる。
「あの2人……オドニスを助けに行ったみんなのことを、本当に、自分のこと以上にずっと気に病んでいたんだよ……」
「そうそう、特にオマールは宿舎でずっと頭を抱えててさ……それを見たレオンが『大丈夫だ、きっと生きてる』って必死に気休めの言葉を掛けたんだ。そしたらオマールの奴、ボソッと『あの時、殴ってでも、殴られてでも止めるべきだった』って……」
グリップがカイリの話を更に補足してくれた。
……そんなに気に病んでたのか。
けれど、その理由を聞いても……ミカドはまだ、エマとオマールの落ち込む姿がしっくりこなかった。
ただ、居残り組の仲間は、オマールとエマが戦う前から何故あれほど反対し、ずっと危惧していたのか……『魔猿の恐ろしさ』を、自分たちがどれほど軽く見ていたのかを、ミカド達が帰るまでに痛感したらしい。
「救助に向かった前衛の奴らがボロボロの返り討ちにあって戻って来たのに、さらに後方にいたはずのミカドとリオニが戻ってこなかった。だから、2人とも責任を感じて、本当に見てられないくらいに凹んじゃってさ……」
「オドニスを助ける助けないの話の時に、俺達がオマールとエマを完全に仲間と認めていなかった事が露呈したのも良くなかったんだ……」
レオンが項垂れた。
それから、2人は引き止められなかった自分たちの力不足に強い責任を感じて塞ぎ込み、それぞれ部屋に引き籠もってしまっていたらしい。
「だからさ、ミカドとリオニが五体満足で……無事に戻ってくれて本当に良かった! ミカドとリオニが無事戻ったって聞いて、あの2人は物凄く安心して泣きそうな顔をしてたんだから!」
いまこの酒場の席にエマとオマールがいないのは、みんなが2人を仲間外れにしてるんじゃなくて、当人たちの強い希望らしい。
「2人とも、リオニとミカドが自分達に怒っていないか不安みたいでさ……」
そういう理由で、大丈夫そうなら呼びに行く……という事になっていたらしい。
……意外だなぁ。
「2人とも思ってたより律儀なんだね」
リオニの他人事のような感想に、居残り組だったグリップが静かに首を振って訂正を入れた。
「そうじゃなくてさ、嫌なんだと思うよ。仲間を失うのがさ……」
グリップの訂正に、ミカドは胸の奥を小突かれたような気がした。
2人の苦悩を間近で見て、グリップは仲間として共感していたのかもしれないな……ミカドはそう思った。
……そう言えば、オマールもエマも、以前のパーティは仲間を全員亡くして、それでソロになったんだよな……。
かつて目の前で失われた仲間の命と、今回の自分たちの遭難が、エマとオマールのトラウマを刺激し、狂いそうになっていたのだろう。
……いや、でもあいつらの仲間は尻から酒を飲んで死んだ間抜けだよな……それと同列……? いや、まさかね……?
「もうオマールもエマも、俺たちの仲間として申し分ないみたいだぜ!」
ホセのその適当な一言に、テーブルを囲む誰一人として、反論する気配を見せなかった。
全員が静かに、そして深く頷いている中……ミカドだけ『尻から酒を飲んで死亡』という事象に納得が出来ないでいた……。
……でも、あのエピソードがあったからリオニは助かったんだよな……うん……これは、エマとオマールの仲間……アホの犠牲があったから、く……俺は、感謝するべきなんだよな!?
その功績と頭を潰された怨みが、ミカドの中での彼らへの評価を二分していた。
すると、パタパタと足音を響かせながらソーマとレオンが元気よく戻って来た。
その後ろから、オマールとエマの二人が、少しバツが悪そうに肩をすぼめながら酒場の席に着いた。
「……ごめん。本当に、2人とも無事に戻ってくれて本当に良かった」
言葉少なめなオマールの短い謝罪だったが、その押し殺した声には、俺たちの生還を心から祈っていたという温かい気持ちが十分に、痛いほど込められていた。
「いやいや、そもそもオマール達のせいじゃないし! ねぇミカド?」
「そうだよ! むしろ2人に教えてもらった事で生きて戻れたんだ! だからさ……もうこの重い話はこれでおしまい! ホセ! ほら、もう一回! 仕切り直して、乾杯の音頭を!」
「お? 俺か!? おっしゃあぁ!! 任せとけ!!」
ホセを確認したレオンが、こちらを向いて親指を立ててサムズアップしている。
これだけでオマールもエマも大丈夫だと伝わってきた。
……本当にいい男だ。
これでようやく、全員無事に生還したという報告が終わった。
エマとオマール……2人を加えたパーティ、間違いなくそれが今のフルメンバーだ。
心から笑い合える久しぶりの晩餐を、誰も彼もが全力で楽しみながら、キナーク砦の夜は賑やかに更けていった。

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