【第23話】 絶望を運ぶ魔獣……⑧ 遭難中に新スキルで暴言を叫んだ結果
5 絶望を運ぶ魔獣……⑧
◆ 魅了される光と、冷酷な現実の目潰し
『歓喜』の温かさに笑みを浮かべながら、ミカドは『顔の見えない相手』へ歪な感情を染み渡らせていく。
――『欲しい』。
この圧倒的な好意を、この純粋な光を、もっと浴びていたい。
胸の奥に芽生えた仄暗い欲望を、もう無視することはできなかった。
自分のアクションに対し『顔の見えない相手』から確かな喜びの反応が返ってくる。
それは思った以上に、ミカドの心を躍らせた。
……これ、もう言葉が通じてるって思っていいのか?……面白い、もっと色々試してみたい!
――そう、欲張った瞬間だった。
突如、洞窟の暗闇を激しい光が引き裂いた。
直ぐ近くで魔導具が起動したのだ。
あまりに急激な白い目潰しに、ミカドの視界は一瞬で白一色に染まり、激しく目が眩んだ。
「……なに1人で笑ってんの?……気持ち悪いんだけど……」
「べ、別に笑ってないし……」
……リオニの奴、なんて酷いことを言うんだ。
予想以上に直球な『気持ち悪い』の一言に、ミカドは地味に傷ついていた。
だが、それも無理はなかった。
『顔の見えない相手』とのやり取りは、これまでの人生で味わったことのない未知の刺激であり、まるで新しい遊びのように新鮮だったのだ。
……何だこれ……楽しすぎて、顔の緩みが直らないぞ!?
「いや、思いっきりニヤついてんだよね……」
◆ 脳内大絶叫の恐怖! 立ち上がる緊急会議
「何だよ煩いなぁ……眠らないように、昔の楽しかったことを思い出してたんだよ。暇だったしな!」
適当な嘘を吐いて誤魔化そうとするが、どうしても顔のニヤけが戻らない。
……いや、待て。これは本当に『俺』が楽しいのか? 『顔の見えない相手』の楽しい感情が流れ込んで、強制的に釣られているのか?
自分自身の心か、それとも『顔の見えない相手』の心なのか。
感情の境界線が曖昧になったせいで、沸き上がる『楽しい』という残響から上手く気持ちの切り替えができない。
今この瞬間も、胸の奥からは嬉しい、楽しい、という陽の波動が途切れることなく流れ込んできているし、ミカドもそれを間違いなく嬉しいと感じている。
……くそ、このままだと怪しまれる。とりあえず話題を変えて、リオニの意識を逸らさないと……!
「……えっと……も、もしかして、俺、うるさかった??」
……あれ?
言葉にしてみて、初めて気が付いた。
あまりにも楽しくて新鮮で、ミカドはさっきまで心の中でずっと大絶叫していたのだ。
もしも、あのマナに乗せた感情の叫びが――ミカドが意図した『顔の見えない相手』以外にも届く仕様なのだとしたら――。
隣で眠っていたリオニの脳内にも、その大爆音が響き渡っていたのだとしたら――。
途端にミカドの羞恥心が大爆発を起こし、真っ赤に火を吹き始めた。
冷や汗と脂汗をダラダラと流しながら、ミカドは脳内で緊急の最高機密会議を始めた。
……待て待て待て! マナに乗せて感情や言葉を飛ばすあの力、もしかして範囲内の全員に強制受信されるんじゃないだろうな!? もしそうなら、恥ずかしすぎて二度と使えないぞ!
……っていうか、『俺の名前はミカド!!』ってさっき思いっきり自分の名前叫んだ全力自己紹介もリオニに丸聞こえだったのか!? いや、それどころか、下手したらこの洞窟の周囲にいる奴ら全員……? 凄まじい数の人間に俺の脳内大絶叫が筒抜けになっていたってことか!?
あまりにも致命的な盲点だった。
そう思い至った瞬間、全身の毛穴が収縮するような羞恥心と、底無しの不安が一気に押し寄せてくる。
……気まずい。
リオニの顔を見るのも見られるのも、今の状態では恥ずかしすぎて無理だ。
限界寸前で硬直するミカドに、リオニは心底怪訝そうな目を向けながらも、ようやく答えてくれた。
「いいや? 全然うるさくなかったけど?」
◆ 命がけの暴言テスト――チキンレースの結末
「……そ、そっかぁ……安心したわ。マジで! 暇だったから色々考えてたんだよね。もしかしたら無意識に口に出てたんじゃないかと思ってさ……」
……良かったぁぁぁ! これが伝わってたらまたひとつ、新たな黒歴史をリオニに握られるところだった!!
バレていないと分かり、張り詰めていたミカドの心に『楽しさ』と『元気』が戻ってきた。
「そうだ。リオニ、ひとつ試したいことがあるんだけど、協力してくれない?」
「この状況で? いま? 遭難中に?」
「いや、遭難って言うの止めて。凄く現実に引き戻されるからさ……」
眉をひそめたリオニの「こいつは何を言っているんだ」という表情に責められながらも、ミカドは好奇心を抑えられない。
「大丈夫だって。別に動いたりとか体に負担がかかるようなことじゃないし、そのままでいいからさ」
……どうしても、今のうちに試しておきたいことがあるんだよ。もしこれが自由に扱えるなら、これから先、色々な場面で絶対に役に立つ! かもしれない……!
手に入れたばかりの新しい能力を検証する。
その事実だけで、ミカドの胸はこれまでにないほど、わくわくと高鳴るのだった。
「まあ、いいや。早く済ませようよ。私は何すればいいの?」
「リオニには、俺が今から心の中で何を考えたか、当ててみて欲しいんだ。分からなければ、分からないで全然大丈夫だからさ」
リオニがしぶしぶ了承してくれたのを確認し、ミカドはさっそく脳内で準備を始める。
……さて、何を発信しようかな? どうせなら、相手のリアクションから一発で判別できるものがいいよな?
……伝わったとき、リオニがポーカーフェイスをできないような、演技でも絶対に無視できないレベルの言葉……そうすれば、伝わったかどうか、確実に判断できる!
そう意気込んだミカドは、最悪の事態『本当に伝わっていた場合』を想定し、思い付いた最凶の言葉に文字通りの『覚悟』を乗せた。
……よ、よし……いくぞ! 身体のなかにマナを激しく循環させ――。
『リオニは不細工!!』
『リオニはデブ!!』
――魂を込めた脳内大絶叫。
……さあ、どうだ……っ!?
……い、いや! これはテストだから! あくまで実験の一環だからな!? もしリオニに気付かれてるなら、俺は確実に殴り倒される……。けど、これはテストであって、本心から言ったわけじゃないんだ……っ!!
ミカドは更にマナを激しく循環させて、必死の言い訳を並べ立てていた。
大袈裟な『決意』や『覚悟』を乗せるつもりが、頭の中とはいえ実際に言葉にして放ってみると、凄まじい恐怖が先に立ってしまったのだ。
……感情のニュアンスが伝わるだけなら、まだ誤魔化せる。だけど、もし言葉の意味そのものがダイレクトに伝わってしまっていたら……俺の死因が魔猿じゃなくてリオニになるぞ?
じっと息を潜め、冷や汗を流しながら、恐る恐るリオニの顔色を窺う。
「……ど、……どど、どう……?」
ミカドの引きつった問いかけに、リオニは不審そうに小首を傾げた。
「ん……ん〜? 何にも分かんないんだけど。一体、何を考えてたの?」
……おおおぉぉぉっ!? これ、完全に伝わってないじゃん!!
脳内でガッツポーズを決める。
……なるほど、なるほどなー!
一歩間違えれば即座に処刑されかねない、本当に危険すぎる検証だった……が、ミカドは見事に賭けに勝った。
内心で勝利の興奮に震える……。
◆ 襲いかかる現実――興奮と賢者タイム
だが、そのあまりにも怪しいニヤけ面とホッとした様子を見て、リオニは「こいつ、絶対ろくでもないことを考えてたな」と、鋭い予想を立てるのだった。
ジリ、とリオニが魔導具の光をミカドの顔へ近づけ、そのジト目をさらに細める。
「……ねえ、何笑ってんの。吐きなさいよ……」
「な、何でも無いってば……」
「まあ、いいわ……それよりこれからどうするかが問題よね……」
リオニの声を、ミカドは無意識に聞き流していた。
頭の中は『顔の見えない相手』の感情の変化でいっぱいだったからだ。
……あれ? さっきので、あいつを不安にさせちゃったか……?
伝わってくる感情が、心配や不安といった、暗い色に変わっていく。
「ねぇッ!! ちょっとミカド、聞いてるの!?」
リオニの怒声に弾かれたように我に返ると、ミカドはとっさにもっともらしい嘘を吐いた。
「ごめん、ちょっと深く考え事してて」
「もう! しっかりしてよ! このまま帰れなくなったらどうすんのよ!!」
これ以上リオニを怒らせるのは生存に関わる。
「ご、ごめん! でもこの暗さだろ? 闇雲に歩くより、きちんと考えてからじゃないとドツボに嵌まるんじゃないかってさ……」
青筋を立てるリオニに、必死の勢いで言い訳を並べ立てる。
これ以上逆鱗に触れるのは、物理的な破滅を意味する。リオニは怒ったら容赦なく拳を固めて殴ってくる武闘派なのだ。
……今は脱出する事に集中しよう。実際、それが最も重要だし。気になることは、また余裕がある時に調べればいい。
そう考えたミカドだが『顔の見えない相手』の事が気になって仕方なかった。
……急にやり取りが終わったら寂しがるんじゃないか?
言葉が通じるかは分からないが、ミカドは念を込め、暗闇へ向けて送り出した。
『また今度ね!!』
そうして意識を完全に現実へと切り替える。
その瞬間、自分が置かれた現状の厳しさがブワッと暗闇に広がった。
さっきまで新しい力に浮かれていた、自分の愚かさに血の気が引いていく。
……うわ、何やってんだ俺。今……絶賛遭難中じゃん。何を呑気に遊んでんだよ……。そりゃリオニが怒るって……。
猛烈な恥ずかしさと情けなさが、ミカドの胸にどっと押し寄せた。

ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません