【第5話】 失敗の味
2 失敗の味
アレックスを中心に残った孤児院組は、オマールという男のソロプレーヤーとエマというソロプレーヤーを加入させた。
この二人に色々と習いながら、二人にも自分達に慣れてもらう。
また、自分達も二人の素性を見極める。
お互いに問題が無ければ本当の仲間として迎え入れる事にする。
そういう事に決めたのだ。
正式な加入を見極めるため、オマールとエマを加えて3日目。
「それじゃあ3組に分かれて適度な距離を保ちつつ獲物を探そう」
まずは食料の確保が何より大事ということで地上の森で狩りを習う事になった。
利益を目的とした狩りは、基本的に洞窟内ではなく、地上で行う。
洞窟内で利益を狙う行為を許すと身内で狩場争いが起きるからだ。
「あの! 魔物は出ないんですか?」
アレックスがオマールに質問する。
敬語なのはまだ習う立場だからだ。
習う事が無くなれば対等になるだろう。
新人から慣れるまでの慣習というやつだ。
「ああ? 魔物は出るし魔獣も出るぞ?」
だよね。そうだと思った……。
オマールは当然の事を聞くアレックスを見下したような顔で見ていた。
不快だった……。
孤児院組の仲間は全員がイラッとしたに違いない。
アレックスだって一応確認……という意味で聞いただけだろう。
そんなに蔑む必要は無かったはずだ。
ミカドからしてもアレックスが気に入らなくても、アレで仲間には違いないのだ。
◆ レッテル貼りの保留、全方位の戦場
仲間にあんな態度を取られれば良い気はしない。
けれどそれを口にはしない。
口にするより、周りにどう思われるか……という不安の方が勝る。
それに、悪気は無いのかも知れない……ホセのように。
そうだ。
ホセという免疫が無ければきっと誰か文句を言っていただろう。
……世の中何が役に立つか分からないもんだな。
とにかく、序盤でいきなりレッテルを貼るのは良くないだろうとミカドは割り切った。
地上は洞窟とは違い、全方位への注意が必要になる。
「どこから出てくるか分からないのに……そんな中で狩りをするの……危なくないのかな?」
不安なのだろう、根暗で引っ込み思案のエニアがリオニに話し掛けた。
「不安かい? まだ覚悟も決まってないだろうし、それは仕方無い。けど、俺達のいる場所に安全と断言できる場所は無いんだ」
オマールの態度はさっきのアレックスに対してより不快では無かった。
……女好きなのか……? いや、俺が比較してもアレックスの聞いた当然の質問より、エニアの不安の方が共感できる……。
「拠点にいても安全とは断言できないし、だから甘くないぞ。気を引き締めていこう! んーと……みんな指笛は鳴らせるようになってるよな? えっと……リーダーはアレックスだったよな?」
エニアの声を拾ったオマールは共感を示し、それから危機感を煽り、気を引き締めるように注意を促した。
……割と真っ当だな……。
ミカドの中でオマールへの不快感が少し薄れた。
オマールとエマを仲間に加えてから、最初の2日間は指笛の練習ばかりしていた。
2人から、これが出来ないと連れて行けないし、死ぬ確率がかなり増えると言われては、やるしか無かった。
「はい。全員修得出来てます」
アレックスは自信満々にそう答えた。
……正直ちょっと怪しい。焦ってたら鳴らないかもな……。鳴らす必要がある時ほど焦ると思うんだよな……。
「それじゃあ復習だ。指笛を短く2回。そこの君。ごめんね名前は?」
「グリップです。指笛を短く2回は魔獣を発見した場合です」
オマールは名前がうろ覚えなことを謝ったあと満足そうに頷いた。
「次。指笛を短く1回」
「私はカイリです。指笛を短く1回は魔物を発見した場合です」
個体としては魔獣の方が強い場合がほとんどだが、厄介なのは魔物の方らしい。
「魔物は知恵が回るから、魔獣よりも警戒した方がいい。じゃあ狩りの獲物を発見した場合は?」
「私はレベッカだ。鳥の鳴き真似のあと短く2回だろ?」
レベッカが不機嫌そうにそう答えた。
敬語は使ってないけれど、一応きちんと答えているあたり、レベッカの普段を考えるとギリギリ気を使えていると思う。
「今すぐ助けが必要な時は?」
「僕の名前はレオン。危険な時は思い切り、出来るだけ長く鳴らします」
オマールはレオンの顔を見ながら考え込んでいるように見える。
……分かる。きっとこの顔でレオン? 名前負けが酷くない? とか思っているんだろうな。
「そうだ。特に最後の! ピンチの時はしっかりと指笛を鳴らせ! そうすれば仲間が全員で助けに入るし、近くにいる別パーティが加勢に来てくれる場合もある。同時に、近くのパーティへ注意喚起の役割も兼ねているからな」
レオンの顔に気を取られていたオマールは我に帰って力説する。
これこそが生き残るために大事なことなのだと。
「大事なのは生き残る事よ? 無謀な事はしたらダメ。失敗しても生きてまたやり直せばいいんだから」
オマールの説明を横で聞いていたもう一人の女先輩エマが補足を入れてきた。
「そりゃ危なくなったら逃げるっしょ! そんなの当たり前だし」
先輩からの真面目なアドバイスをホセがいつもの調子で白けさせる。
「なんだよ? ホントの事だろ?」
空気の読めなさもそうだが、こいつには謙虚さというものが本当に欠けていると思う……。
「それが勘違いなのよ……例えば、少しでも攻撃を受けると人っていうのは簡単に怒るものなのよ。そして感情が怒りに振れた人間は、痛みや恐怖を忘れて直情的な行動をしがちなの」
エマの言葉は力強く、その場面が容易に想像できた。
……俺達の中だと落ち着いて行動できるのはアレックスとレオンくらいじゃないか?
◆ 魔イノシシの威嚇、鼻を突く獣臭
「そう。それで死んだ人間が……仲間が何人もいるんだ……。俺は実力が高い方じゃない。そのせいで発言を軽く見られる事が多かった。だけど、自分に自信を持っていた仲間たちはみんな先に居なくなってしまったよ……」
オマールは悔しそうな顔をしている。
思い出して後悔でもしているのかも知れない。
「……とにかく。大事なのは生き残る事だ。できれば全員。できなくても……自分だけでも、決して諦めるな」
オマールとエマ、2人の話を聞いて仲間の全員が、いい感じに気が引き締まったように見えた。
「外に出る前に聞けて良かったな。マジで」
手のひらを返した様に真剣な声でそう言ったのはホセだ。
こいつはしょっちゅう人を苛つかせるが悪気がない。
だから良いと思ったらそれも空気を読まずに口にする事がある。
常に嫌な奴ってわけでもないのだ。
……強いて言うなら、ここはもう外だけどな。
「さっ。そろそろ狩りを始めましょ?」
話をここで区切って本来の目的、狩りをする方向にエマは促した。
そして、先輩の経験に基づいて俺達は3組のグループに分かれた。
1組目は問題児のホセに左右されないメンタルを持つアレックス、ホセ、レオン、リオニの4人だ。
リオニだけはホセが苦手かも知れないが、リオニは無視ができる子だ。
2組目はオマール、レベッカ、カイリ、グリップの4人。
経験豊富なオマールが気分屋のレベッカ、やや不安なカイリとグリップをフォローする。
3組目はエマ、エニア、ソーマ、ミカドの4人だ。
エマの経験を軸にみんな安定した行動が取れるはずだ。
……俺の協調性が1番の不安要素かもなぁ。
「拠点の外だけど、遠くには行かないから安心していいよ」
エマは慣れてもらうために拠点が視界に入る距離で狩りをすると説明してくれた。
「ここなら手に負えない事態になっても拠点から助けが来てくれるからね」
ピンチの時に鳴らす指笛は1つなら仲間が助け、複数鳴ればパーティがピンチと判断されパーティ以外からも助けが入る。
「狩りのコツは身を隠す事だ」
「隠れ方のコツは視覚的、嗅覚的、聴覚的の3つが大事よ」
オマールとエマに教わった事を念頭にみんな身を隠した。
視覚的……獲物に見られれば逃げられたり攻撃される恐れもある。
嗅覚的……獲物の風上に入れば、隠れていても居場所はバレる。バレれば見られたのと同じ事だ。
聴覚的……不自然な音を立てれば、これもバレる原因になる。指笛は鳥の鳴き声に似せる事でバレにくくなる。
明らかに鳥じゃなくても狩りの相手に判別がつかなければいいらしい。
「ピュイ」
指笛1回……。
魔獣を発見したらしい。位置的にオマールの班だ。
魔獣は動物が変異したもの。
凶暴で大きいが獣に分類される。
なので狩りの対象にもなるし肉も心理的抵抗も無く食べられる。
ミカドのいるエマ班は右側から回り込んで行く。
反対の左側にはアレックスの班が回り込んでいるはずだ。
本来は包囲を狭めてバレた班がヘイトを集め、それ以外の班が攻撃を加える。
今回は初めての狩りなので、ある程度距離を詰めた所でオマールがあえて魔獣に姿を晒してヘイトを集めた。
「ブルルルルッ!」
オマールに気がついた魔獣は威嚇を始める。
「で、でっかくない……!?」
初めて魔獣を前にしたカイリがビビっている。
声には出さなかったが、ミカドもカイリと同様に、大きさにびっくりしていた。
1番前……先頭はオマールとはいえオマール班は魔獣の正面に位置取っている。
そのプレッシャーは相当のものだと容易に想像できる。
「こ、これは、、凄い……な……」
グリップも腰が引けているようだ。
「なんだか苛つくねぇ!」
レベッカは魔獣の威嚇に気分を害したようだ。
「落ち着いて! 奴の攻撃は俺が受けるから! 突進してきたら無理せず避けて!」
オマールは落ち着いているように見えるが、指示を出す声が上ずっている。
自分以外は新人なのだ、気を抜けば全滅もあり得る。
緊張してもおかしくはないだろう。
「みんな落ち着いて狙いを定めて……」
魔獣から隠れた状態で、エマ班は弓矢を構えている。
反対側ではアレックス達がエマ班に倣って弓矢を構え始めていた。
オマールが『突進』と表現した様に、魔獣の素はイノシシのようだ。
大きさは2メートルくらいだろうか。大きな牙が2本前にせり出している。
突進であの牙に刺されば『簡単に死ぬ』だろうなと想像できる。
突進されれば受けるだけで確実に吹っ飛ばされるだろう。
その後の負傷がどの程度で済むのか……まぁ、軽くは無いだろう。
周囲には獣の臭いが充満し、鼻を塞ぎたくなる程だ。
実際何人かは鼻を摘んだりしている。
特にオマールの班ではレベッカとカイリの2人が鼻を摘んでいた。
「集中してくれ! 臭いのは当たり前だ! 気を抜けば死ぬんだぞ!!」
これまで割と紳士的だったオマールがレベッカとカイリに本気で怒っている。
◆ 衝撃の5メートル、不信として残る味
「ピィィィイッ!! ギィィッ!!」
魔獣が興奮した鳴き声を発したかと思った瞬間、オマールの班に想像以上の速さで突っ込んだ。
オマールは手に持った盾で体を守りながら魔獣の突進受け流した。
突進の速さ、角度を確認し、自分の腕の長さ、それから体の位置まで考えられた受け流しだった。
……上手い……俺なら吹っ飛んでる。
ミカドは感心したが、オマールが吹っ飛んでいないという事は、魔獣の勢いをほとんど殺せていないという事でもある。
魔獣の勢いは変わらないまま一直線に突進していく。
グリップは魔獣の進行方向から逸れた場所にいたので影響は無かったが、魔獣の突進先にはレベッカとカイリがいた。
レベッカは焦りながらもギリギリで飛び退いて避ける事に成功した。
しかしカイリは少し反応が遅れ突進を避けきれなかった。
魔獣の突進はカイリに直撃こそしなかったが、それでも軽く5mは吹き飛ばされた。
「っ!!」
「大丈夫か!?」
オマールの叫び声が響く。
……大丈夫なわけないだろう!
オマールは上手く受け流したが、それは先頭の人間の特権だ。
オマールが悪いとは思わないが、無責任な言葉に憤りを感じてしまう。
他の仲間は動揺して言葉にならない様子だ。
「カイリ!」
近くにいたエマが直ぐに助けに向かう。
「く……うぅ」
「怪我は! ……酷くはなさそうね!」
カイリの怪我を見たエマは、大丈夫そうな様子を見てホッとしたように見えた。
そして、オマールにも大丈夫だと伝えている。
「みんな集まってくれ」
オマールはみんなに指示を出した。
「魔獣は逃げていったな……どうだった? 少しは実戦の感覚が掴めたか?」
オマールは落ち着いた話し方で感想を聞いている。
恐らく狩りが上手くいかないのは想定内だったのだろう。
「そ、想像より糞デカかったぞ!? あれって倒せんのかよ!?」
魔獣の正面でプレッシャーを受けていないので、興奮したホセの様子は危機感が足りなく見えた。
「ちょっと私には無理かも……」
リオニは不安そうにそう言った。次いでエニアも自信がないと言う。
実際、あのイノシシの魔獣は大きかった。想像よりもだいぶ。
「でも、今日は初めてだったし! 次はもっと上手くできるさ!」
アレックスはいつも通りポジティブな感じだ。
その発言は能天気過ぎるんじゃないかと感じてイライラした。
「これは狩りに出るのが早すぎただけだろ。事前準備の問題。つまり先輩が悪い……」
ミカドは聞こえないように小声で愚痴った。
ミカドの中で、オマールとエマの責任に尽きると思っている。
いきなり狩りをするのではなく、魔物や魔獣の姿を安全な場所から確認するべきだったと思った。
……嫌われるのは嫌だし言い返されるのも嫌だ……だから言わないけどな。
オマール達の事前説明がもっとしっかりしていれば魔物や魔獣がどんなものか把握出来ていたと思うし、もっと真剣に取り組めたと思う。
今回の様に経験不足による危険は回避できた可能性は高い。
オマールとエマは実際に経験させた方が早いと、手を抜いたとしか思えなかった。
「さて、この後だけど。どうする? まだ続けられそう? カイリはどう? まだやれる?」
「……私は……嫌だ……帰りたい……」
それはそうだろう……。
なんせふっ飛ばされたんだし、起きて立ち上がるときは足がプルプル震えていたのだから。
吹っ飛ばされた原因はオマールに有るとミカドは思っているが、魔獣が臭いと鼻をつまんでいたカイリは、危機感と真剣さが足りていなかった。
新人の舐めた心構えと指導者の怠慢。
どっちもどっちだろう。
……それにしても。想定外の衝撃を受けると自分の体でも思い通りに動かせなくなるんだな……。
ミカドは今回の一件で、狩りが予想以上に危ないものだと理解した。
「よし。じゃあ、今日はもう拠点に戻るとしよう。反省する事は多いけど、これは大きな経験になったはずだ」
確かに経験にはなった。しかし初めての狩りは、先輩への不信感としてミカドの心に残った。
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