【第32話】 生還と仲間の変化……③ この話はしたくないんだ、本当に
7 生還と仲間の変化……③
◆ 紡がれる「偽りの地獄」と、静まり返る酒場
「……とまあ、そんな感じで俺とリオニは魔猿から命からがら逃げ延びたんだけど……その代わりに、遭難状態になったんだ。それも深刻な……ね……」
腹を括ったミカドは、ゆっくりと、それでいて重々しいトーンで仲間に語り始めた。
『どうなってもリオニのせいだからな?』という投げやりな気持ちが抑えられず、悲愴感が強い。
……俺は言いたくなかったのに、無理やり言わせるんだからな…………!!
心の中で必死に責任転嫁を叫びながら、あの魔猿から必死に逃げて、完全に2人はぐれてしまった後の『偽りの地獄』を頭に思い浮かべる。
「……っていう感じで、どこかも分からない地下の暗闇を手探りで彷徨い続けてさ。もう本当に駄目かもって、俺自身もほとんど死ぬのを覚悟してた……」
ミカドの話に、仲間の誰もが……本に書いてあるような物語を聞かされているかのように食い付いている。
「……そんで、ふと隣を見たら、リオニは限界が来てたみたいで、飢えと疲労、それに精神的なものだろうな……完全に意識を失ってぶっ倒れてたんだよ……」
無意識に引き延ばしていた物語も限界が訪れ、近づく佳境にプレッシャーがどんどん大きくなっていく。
堪えられず、息苦しくなる呼吸を、仲間は迫真の演技だと勘違いしているのだろう。
「思ったより、まじで酷い状況だったんだな……全然笑えないな」
ミカドの様子に息をのんでいたグリップが、同情の入り混じったありふれた感想がポツリと零す。
「酷かったよ。でも、そんなありふれた感想しか思い浮かばないのが、この遭難話の限界かな。あの場、あの瞬間……酷いどころか諦めてた。……まあ、その場で経験しないと、こればかりは分からないと思う……」
さっきまで下衆な笑みを浮かべてチョメチョメだなんだと茶化していた雰囲気は息をのんだような空気に変わり、完全に静まり返っている。
「それから!? もっと何かこう! ビッグなイベントとか有ったんじゃねぇのかよ!?」
空気の読めないホセが、静まり返った空気の中、場違いな煽りを入れてきた。
他の仲間がホセに軽蔑の視線を向ける中、ミカドだけは焦りの気持ちが大きく膨らむ。
……くそ、ホセの奴……。
「本当に諦めてたんだ。俺もリオニも、このままここで静かに死ぬんだろうな……とか思ったりしてさ。でも……どうせ最後なんだからと思って、一か八かで近くの壁に探索の痕跡がないか見に行ったんだよ」
思いばかりで話は全然盛り上がってはいない……けれど、思ったよりもドラマチックで面白い展開なのか、宿舎の仲間たちの食いつきはすこぶる良かった。
全員が身を乗り出し、言葉の続きを強く欲しているのが伝わってくる……。
しかし、この先の展開が良くないだけに、ミカドの背中にはプレッシャーから冷や汗がどっと吹き出していた。
「それで……っていうか、奇跡的に探索の印を見つけたんだ。でもその時は、嬉しさよりも先に、自分の頭がバカになって、ありもしない幻覚とか勘違いで、無いものが見えてるんじゃないかって、自分の目をめちゃくちゃ疑ったね……」
「え? そこは普通、嬉しくて飛び上がるところだろ!?」
ホセの疑問も分からなくは無いが、やはり経験しないと想像することが出来ないのだろう。
「ずっと暗闇で、幻聴っぽいのとか何もないのに何かあるように見えたりとかしてたんだぞ……本物の探索痕だったら嬉しいけど疑心暗鬼の方が強かったんだよ」
仕方ないとは思いつつ、どうしてもイラッとする気持ちが湧き上がる……それでも冷静でいようと、ミカドはゆっくり息を吸い、そして吐き出した。
「お、おう……。ぎちんあんき……ね。わかるわかる」
「ホセ、それを言うなら『疑心暗鬼』だよ。分かってる風にしてるけど、間違え方がバレバレで最高に恥ずかしいからな?」
すかさずソーマが冷徹なツッコミを入れ、ホセの知ったかぶりを剥ぎ取った。
「は、はぁ!? 分かってるっつーの! ソーマが俺のこと分かってないだけだろ!?」
「ちょっとホセ! 話が進まないから黙って!! 自分でその口が閉じられないって言うなら、私が物理的に閉じるの手伝ってやろうか……?」
「あっ、はい、すいません黙ります……」
憤慨していたホセは、レベッカの殺気立った視線と脅しによって一瞬で借りてきた猫のように大人しくなった。
……やれやれ、ホセの奴は懲りないな……。
◆ 確信した手応えと、あまりに悲惨な土産話
「帰れるって思ったら諦めてた気持ちが吹っ飛んだ。そしたら、今度は生きるのにどうしたらって思い始めた……」
真剣すぎる周囲の反応を見て、ミカドは『これならイケるかもしれない!』と、希望を感じ始めていた。
ここで一拍……あえて重い溜めを作って、全員の顔を見回した。
「せっかく助かる道が見えたのに、隣でリオニがぶっ倒れてピクリとも動かないんだ。ならさ……お前らだって、絶対に、何が何でもリオニを助けようって思うだろ?」
ミカドは、これ以上ないほど必死な目で、もう一度仲間たちの顔をぐるりと見回した。
リオニの顔が赤く見えるけれど、それどころではないミカドは見なかったことにした。
――よし、俺は間違ってないはずだ!
……仕方ない事だったとはいえ、殺されるのは勘弁だから、少しでも悪くないって刷り込んどかないと……。
「俺は、極度の疲れと、食べ物が無くて、食べてなかったから倒れたと思ったんだ」
「持ってた食料は?」
「とっくに食べ切ってたよ……」
救助隊はオドニスを捜して戻るのが目的で、準備の時間より、救出に向かう事を優先した。
短時間の予定だったから、元々そんなに食料は持っていなかったのだ。
「でもさ……ぶっちゃけ選ばなければ食べる物なんてどうとでもなるだろ?」
「は? う、うわぁ……なんか急に嫌な予感が……」
ミカドが口にしたその言葉が、既に嫌な響きを持っていた……テーブルを囲む仲間たちが一様に、何とも言えない嫌そうな顔を浮かべた……。
何となく、この先に続く嫌な展開が予想できてしまったからだ。
「だからさ……捕まえたんだよ。外は危ないけど少しなら大丈夫だと思って草とか濁った水とかもね」
「つ、捕まえたって…………?」
リオニがみるみるうちに顔色を悪くしながら、震える声で聞いてきた。
……俺は黙ってようと思ってたんだからな?……俺は悪くないぞ…………?
「大丈夫……念のため電気を流して寄生虫なんかは完全に殺しておいたよ? だけどリオニは意識がないからさ……仕方なかったんだよ」
「ちょっ……何が仕方なかったのよ! 言い方が不穏すぎるんだけど!?」
「まあ落ち着けよ。俺は自分にできる事をしただけ……飲み込みやすいように。虫も、カエルも……凄く気持ち悪かったけど、俺が口の中でぐちゃぐちゃの液状になるまで噛み砕いてさ! 意識のないリオニの喉に詰まらないように、必死に体を起こしたりして気を付けたんだよ!?」
「うわぁ……ッ!!」
「口移しだったのは本当に申し訳ないと思うけど、あれは不可抗力だったんだよ! 喉に詰まらないよう気を付けたら、リオニの体を支えるために俺の両手は完全に塞がっちゃうしね!」
「な、な……っ!?」
「だから本当に許して欲しい! もちろんやましい気持ちなんて無かったよ? ドロリとした噛み砕いた虫の生臭い感触と、カエルの内臓の臭いが気持ち悪くて、俺だって吐き気を堪えるので精一杯だったから!!」
話すのも思い出すのも嫌過ぎて、ミカドは不自然なほどの凄まじいハイテンションで一気に言葉を捲し立てた。
もはや、周りの仲間のドン引きした反応なんて正直どうでもいい……問題は当事者のリオニなのだ。
「お、おぇぇ……ッ!!」
「おいおい、俺とリオニのキスシーンで吐くなんて失礼な奴だな。お前が聞きたがったんだろ?」
妙なテンションのミカドは、下世話でロマンチックなラブコメ展開とあまりにも程遠い『気持ち悪い土産話』という意趣返しを決行した。
本気で喉を押さえて凄まじい勢いで吐くホセにミカドの溜飲が下がる。
そして――さらにその斜め向こうでは。
真実を叩きつけられたリオニが、顔面を土気色に変え、ホセの隣で盛大にリバースしていた。
そうして、酒場の一角に異様な空間が出来上がっていた……。
ミカドの話が終わり、酒場のテーブルに何とも言えない微妙な空気が流れている。
……あれ? この空気……これ誰か何とかしてくれるんだよな? 俺はこうなるのが嫌だったんだぞ……。
「……ほ、ほらな? 面白い話じゃ無かっただろ……?」
ミカドは困った顔を周囲に向け、頼むからこの最悪な空気を察してくれよ、という意味を込めて視線を仲間に送った。
「……思ってたのと違う…………」
ポツリと……本当に嫌そうな顔で呟いたエニアの言葉に、ミカドは引き攣った苦笑いを返すことしかできなかった。
「な、なかなかキツい内容だけどさ! とにかく無事に帰れたってことが一番大事だと、俺はそう思うぞ!」
居たたまれない空気を何とかしようと、レオンが必死に笑顔を作ってフォローを入れる。
話を聞いた直後にリオニは盛大に吐いていたが、ミカドはそんな彼女の今の様子が猛烈に気になった。
……リオニの奴……絶対に怒ってるよな、どうせ……。
一体、どんな恐ろしい顔で自分を睨みつけているのだろうか……。
胸を突き刺すような恐れを必死に抑え込み、ミカドは自分の身を守るため。恐る恐る顔をリオニの方へと向けてみた……その瞬間――。
「ごめんね?」
地の底から響くようなドスの利いた声色と共に、視界が突然塞がれた。
……分かる。これは手だ……。誰かの手が俺の顔に当たっているんだ…………。
ミカドは落ち着いて現状を分析を始めたが、この分析という行為自体がパニック行動だった。
……これは顔が握られていると言った方が的確かな?
指先に力が込められて行くのが鮮明に感じ取れている。
……痛っあぁ……ヤバいよな……これ…………。
握られる力が増すごとに、ゆっくりとミカドの顔が歪む。
「あ! 痛っ!! 痛い痛いっ!! ご、ごめん、ごめんなさい!!許 して!? 2度としません!!」
じわじわと肉と皮が圧迫され……ミシミシという嫌な音が骨を伝って響く……。
「あの時は助けてくれてありがとう……」
発する言葉と行動が明らかにチグハグだ。
……えっ? これ感謝されてるの……?? 嘘でしょ!?!?
『べキッ……』
冗談では済まない音が、骨を伝って鼓膜を揺らす……同時に襲い掛かる苦痛も洒落にならないものだった。
「ごめん。これはちょっとした八つ当たりで……ミカドが悪いんじゃ無いから安心して?」
最悪でも頬を張り飛ばされるくらいの覚悟はあった……だが、ミカドは自分の考えが死ぬほど甘かったことを今更思い知らされる。
顔は見えないが、薄い笑みを浮かべ、頭蓋骨を破壊しながら『これはただの可愛い冗談ですぅ』みたいな雰囲気を醸し出すリオニの横顔が脳裏に浮かんでいる……ミカドは心の底から恐怖し後悔した。
あまりに痛すぎて脳に烈火のような怒りを覚えるが、それを上回る圧倒的な痛みのせいで、すぐに炎がシュウシュウと萎んでいく。
そもそも、闇の女神の加護を受けている彼女の腕力には、男の自分では天地がひっくり返っても逆立ちしても勝てないのだ。
結局は、リオニの気が済むまでこの拷問に耐えるしかない。
頭蓋骨はメキメキ、バリバリと悍ましい音を鳴らしながら押し潰されているが、不思議なことに、その破壊された傷は端から少しずつ……じわじわ治っていく。
リオニは回復魔法の使い手だ。
ミカドの頭を破壊しながら回復を同時に行う事で、リオニの中では安全な八つ当たりが成立しているのだ。
……それが成立してるのはお前だけだ!!
あまりの痛みに絶叫は口から出ない……頭の中で気が狂うように絶叫しながら……ミカドの意識は希望と共に、遠のいていった……。

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