【第17話】 絶望を運ぶ魔獣……② 『魔猿』急襲、元カノと歩む不穏の暗渠
5 絶望を運ぶ魔獣……ブログ用②
◆ 闇に滲む、根拠なき悪寒
道案内はゴーズ。
これから向かうのは凶悪な魔獣の待つ洞窟の奥だ……わざわざ自分から不穏の口に飛び込むという愚かな行為に、ミカドはゴクリと喉を鳴らした。
……洞窟か……気分屋のレベッカは役に立つのか……?
何も起こらないことを願いつつ、ミカドは救助隊の末端として流されるように移動を開始した。
洞窟に入ってからも、ミカドの自問自答は止まらない。
新米のミカド達は、救助に向かっている大半の人間から役立たずの邪魔者と見られている。
その上、新米の中で恐らくミカドだけが救助に向かうことに否定的だ……つまり、話し相手がいない。
仮に会話をすれば、恐らく否定的な言葉ばかりが『つい』口から零れてしまうだろう。
だから、ミカドは誰とも会話をせず、自分の殻にこもって自問自答を繰り返す。
……本当に助けに行くのか? 助けに行くのが悪い訳じゃないけど。
役に立ちそうもない自分やアレックスみたいな新米が、この大所帯の足手まといとして駆り出されている現状に、どうしても疑問を拭えなかった。
ミカドの心臓は、まるで考えを肯定するように、終始落ち着かない。
ドクドクと不快な鼓動が刻まれ、胸の奥で嫌な予感がヘドロのようにとどまり続けている。
『……引き返したほうがいい』
直感は未だ、そう告げて警鐘を鳴らし続けている。
撤退がベストだと確信しているが、それをベテランたちに説得するだけの根拠を示せない。
ただの臆病者の戯言として片付けられるのがオチだ。
……無理だ……これは必ず失敗する……。
暗闇を進むうち、ミカドは悪いことしか考えられないという思考の沼にはまり込んでいった。
◆ 順調すぎる進軍と、自らの直感への疑念
そんなドス黒い不安を嘲笑うかのように、ゴーズ達が襲われた場所まで救助隊の進軍は拍子抜けするほど順調で……もしかしたら誘い込まれているんじゃないかとミカドは疑った。
道すがら、何度か猿ではない野生の魔獣と遭遇したものの、熟練者たちの手によって特に苦戦する事もなく瞬殺されていく。
……俺の勘違いなのか……?
前衛の頼もしい背中を見つめながら、ミカドは自嘲気味に息を吐いた。
しかし、どれほど安全が証明されても、肌を粟立たせる嫌な感覚が綺麗に止まってくれないのだ。
……もしかして……ただの風邪とかいうオチじゃないだろうな。
何も起こらないことに、ミカドは自分の勘が信じられなくなっていく。
……え? この不快なゾクゾク感は、マジで魔物の気配とか予感じゃなくて、単なる悪寒なのか!?
嫌な予感の原因も、囚われているオドニスの安否も、これが体調不良による悪寒なのか、それとも違うのか……何もかもが分からず、信じられない。
ミカドは答えの出ない疑問を重ねながら、どんどん洞窟の奥へと足を進めて行く。
他の仲間……即席の突入布陣として、アレックスとレベッカは前線で戦える先頭グループに混ぜられている。
口には出せないが、頼りがいのある知った顔が離れてしまい、正直かなり心細かった。
斥候職であるソーマは自由に動ける単独枠として、目的地方向とは別の横穴などに不審な痕跡がないかを慎重に調べ回っている。
ミカドとリオニの2人は、完全に後方の安全圏に配置されていた。
……前衛で肉の壁にしようとするリーダーじゃなくて本当に良かった。
ミカドもリオニも、これといった明確な役割は何1つ与えられていない。
このまま何事も起こらなければ、ただただ隊列の後ろを歩いてついていくだけの、無害な随伴要員になるはずだ。
◆ 2回付き合って、2回とも『あり得ない』
「ねぇ、大丈夫??」
不意に、隣を歩いていたリオニから声をかけられたミカドは、自分の状態がどうなっているのか気になった。
……もしかして……そんなに、普通じゃなく見えるのか?
自分では必死に平静を装っているつもりだったが、他人から見たらよほど顔色が悪かったり、挙動不審に映っていたりしたのだろうか……。
「うん……まぁ、大丈夫……今は……」
リオニにそう答えた瞬間、ミカドは奇妙な違和感に気づいてハッとした。
……そうだ、いつの間に?
あれほどミカドの心臓を締め付けていた、不安なのか、予感なのか……あるいは悪寒なのか判別のつかなかったあの不快な感覚が……気が付くと驚くほど綺麗サッパリ消え失せていた。
今はもう、ミカドの心を苛む不安や緊張感はどこにもない。
しかし、その理由が何なのか……皆目見当もつかなかった。
「どうしたの? 本当に大丈夫? 私はミカドがあんな事言うなんて驚いたけど」
リオニが興味深そうに視線を向けてくる。
どうやら彼女が心配していたのはミカドの体調ではなく、出発前に酒場でアレックスに盛大に噛み付いた、あの身内同士のいざこざについての事だった。
……あぁ、そっちか。聞いてるのは俺の様子じゃなくて、あの一件だったか。
別にアレックスのことが嫌いだとか、気に入らないから反対したとか、そういう次元の話ではないのだが、それを他人に説明するのは酷く骨が折れる。
そこで、ミカドはいま自分が抱えている違和感に問題をすり替えた。
「うん……。何か最近、自分でも情緒不安定な感じだとは思うけど……別に反対するのが目的だったわけじゃ無いよ……?」
この誤魔化しでリオニの疑問が解消されるか不明だが、あわよくば自分の問題が解決したら良いなとミカドは考えていた。
物語の主人公のように堂々と振る舞えない自分の小心さが、ひどく情けないと感じてしまう。
ミカドとリオニの距離感は、端から見れば妙に……不自然なほど近く見えるだろう……。
それには、非常に単純で、かつドロドロとした理由があった。
ミカドは、かつてリオニと付き合っていた事があるのだ。
それも、これまでに2回も……。
孤児院時代、娯楽の少ない仲間内で一時的に流行った、くだらない恋愛のノリに乗って、ミカドも何だかんだで一通り孤児院の女の子と付き合ってみるという経験をしていた。
そのなかでリオニとも2度にわたって交際を重ねた過去があるのだが……結果は2度とも、お互いに首を横に振る『あり得ない』という結末に行き着いていた。
「それって、何か原因あるの?」
ミカドが昔の出来事を思い出していると、リオニがアレックスに食って掛かった一件について、小首を傾げながら更に聞いてきた。
「そうだな……原因、かもってものなら有る……でも、何でかは分からないんだ……」
どうせ駄目だと分かっていたのに、どうして自分はアレックスを説き伏せようとしてしまったのか。
ミカドは未だによく分かっていない……。
◆ 暴かれる精神の輪郭と、絶望の咆哮
暗闇のなか……不思議そうに自分を見上げてくるリオニを、ミカドは元カノと認識してしまった。
リオニの瞳とミカドの視線がぶつかり、不覚にもドギマギしてしまった……。
ここでリオニに弱味を見せると間違いなく、後々碌な事にならないため、必死に胃のあたりを押さえながら平静を装った。
ミカドは普段から人が多い場所で話すのは大の苦手だが、こうして少人数で相手も余計な揚げ足を取らないという条件なら、割と素直に話せるのが救いだった。
「最近になってからなんだけどさ……急に不安になったり緊張したりするんだ……最近、特に……」
ミカドは自分の情緒不安定が、風邪で無ければ何なのだろうと考えながら歩く……。
「へぇ……」
『新米のくせにビビってるの?』とか、てっきり茶化されるかと思ったが……リオニは真剣な表情のまま、そんな意地悪な事はしなかった。
だから、ミカドはもう少しだけ彼女に本音を打ち明けてみる事にした。
「でもその……不安とか緊張の引き金にまったく脈絡が無くて……何だろう、他人の感情? みたいなものを突然受けとるっていうか、影響されてるみたいな感覚なんだ……?」
「……ふぅん? それって、しんどい感じ??」
少し考える素振りをしながら、リオニは純粋に気になった疑問をミカドに投げかけた。
「辛くは無い……ただ、自分の意志とは関係なく感情が引きずられるから、振り回されてるって感じかな……」
そう……このミカドの症状は自分の明確な意思や置かれている状況には一切関係なく、唐突に始まるのだ。
この謎の感情の高ぶりは、最近……ミカドの精神を振り回していた。
けれど、こうしてリオニと言葉を交わしたことで、今まで霧のようだった自分の不気味な症状が、少しだけ輪郭を持って明確になった気がした。
◆ 甘い願いの崩壊、静寂を裂く怒号
『ピリッ……』
唐突に、脳髄を直接針で刺されたかのような……ミカドの直感を激しく刺激するような不思議な感覚に襲われ……気が付いたときには既に緊張感までもが跳ね上がっていた。
「何か……嫌な感じがする……」
ミカドがそう呟き、顔を上げたその瞬間だった。
洞窟の遥か前方、暗闇に包まれた先頭グループの空間から、鼓膜を裂くような怒号が響き渡った。
「出たぞ!! 魔猿だ!!」
その絶叫を聞いた瞬間、救助隊の空気がガチガチに固くなり、一斉に戦闘へと備える金属音が鳴り響いた。
……くそ、やっぱり甘くないか!!
何事もなく終わってほしいというミカドの淡い願いは当然のように叶わなかった……。

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