【第22話】 絶望を運ぶ魔獣……⑦ 歓喜する無邪気な奔流
5 絶望を運ぶ魔獣……⑦
◆ 誰も見ていない! 暴走する全能感
何も起こらなかった事実で卑屈で健やかな安心感を育てたミカドは、今までに無いくらい気分が高揚し始めていた。
……何をしても、誰も見ていない! 誰にも気付かれない! しかも何も起きない! 今なら、何だって出来る気がする!!
明らかにおかしいテンションになっている……自覚はあったが、恐怖で震えて縮こまるよりはマシだと感じ、ミカドはブレーキを敢えて掛けなかった。
普段であれば確実に躊躇うであろう感情の発散……。
恥じる気持ちを蚊帳の外に置き、ミカドは身体の中でマナの循環をさらに激しく加速させた。
……よし、もう一度……今度は全力でやるぞ!! と……その前に。
ミカドはリオニが起きていないか確認し、安心するともう一度マナを激しく加速させていく。
そして、暗闇の奥の『誰か』の鼓膜をぶち破るかのように、脳内で連続して叫ぶように感情を叩きつけた。
『ここにいる!』
『俺は! ここにいるぞ!』
『ここに! いる!!』
『ここにいるぞ!!!!!』
実際には声など一切出していない。
それなのに、喉がちぎれんばかりに大声で叫んだかのような圧倒的な爽快感が、ミカドの精神を濁流のような高揚感で満たしていく。
……マナを循環……出来てるかどうかは微妙だけど、循環を意識して感情を込めると、まるで全力疾走したみたいになるんだな……!
運動後の心地よさに似た、ほど良い疲労感と脱力感……ミカドは思わず頬を緩ませた。
……なんだ、これ……めちゃくちゃ楽しいじゃん! もしかして実戦で魔法を使うときにも、使えるんじゃないか!? 何か決定的な……!?
いままでに無い感覚が脳髄を駆け巡り、快感と興奮で目の前の暗闇がパチパチと弾けているかのような錯覚を起こしていた。
……これ……何とか応用して、役に立つようにできないか!?
◆ 暗闇からの返答――【未知の感情の巨大な波】
新しい発見にミカドは驚きと可能性を感じた……まさにその瞬間だった。
……お? おお!? お……お、おお!?
……!? ……きた!? ……これ、今、反応したのか!?
『ドクン!』と、ミカドの心臓が音を立てて跳ね上がる。
――驚き。警戒。ソワソワとした、狂おしいまでの拒絶と動揺。
明らかに自分の感じるものとは違う……これは、他者の感情としか思えなかった。
……でも、これは…………。
驚き、警戒、拒絶、動揺、それから恐れ……。
それらが混ざり合い、悍ましくごちゃごちゃとした【未知の感情の巨大な波】が、まるで津波のようにミカドの全身……肉体と、神経を激しく駆け巡ったのだ。
完全に想定外の事態だった。
ミカド自身の脳内にも、一瞬で冷や水を浴びせられたかのような凄まじい驚愕と、圧倒的な警戒心が沸き上がってくる。
……いや、ここにいるわけじゃないし、俺まで警戒するのは良くない気がするな。
思い返すと、相手は普段から耐え難い寂しさや虚しさを感じている可能性が高いのだ。
そう考えると……ミカドは無意識に、優しくしてやりたいという想いが湧き上がってきた。
周囲に視線を走らせ、危険が無いことを確認する。
隣のリオニにも変化はない。
……本当に、誰かの感情が流れ込んできている? さっきのタイミングからして、俺が撒き散らした感情が相手に届いて、そのリアクションが返ってきた……と考えるのが自然だけど……。それにしても、不思議な感覚だ。
意識を研ぎ澄ますと、相手の感情の変化がより鮮明に伝わってきた。
……今は、落ち込んでる……? なんだか、がっかりしているような……?
◆ 繋がった意識、よぎる最悪のトラウマ
『これが他人の感情を受け取るということか』
頭の中で実感が追いついたせいか、不思議なことに感情の受信感度がさらに一段跳ね上がった。
……繋がった、のは良いとして……、伝わるのは感情かぁ。これ、相手が人間とは限らないよな。もし、これが凶悪で危険な魔物とか魔獣だったら、魔猿だったら笑えないし、この特殊な共感能力なんて何のメリットもないどころか大ピンチだな。
ミカドの頭に魔猿の姿が思い起こされる……。
……魔猿なら落ち込んだり、寂しがったりするかもしれん……猿なら感情はありそうだし。
今もなお、ソワソワとした微弱な感情が、途切れることなく伝わってきている。
……魔猿じゃなくても、相手の正体がキモいオスゴブリンとかだったら、本気でショックだな。
姿が見えないからこそだろうか。
張り詰めていた緊張の糸がふっと緩み、ミカドのなかに小さなイタズラ心が湧き上がった。
……ちょっと、遊んでみようか。よし……。
ミカドはもう一度マナの循環を意識し、祈るように、あるいは念じるように、感情の塊を暗闇へ向けて放った。
『俺の名前はミカド!!』
言葉そのものが通じるかは分からない。
けれど、分からないからこそ、手探りでも試してみなければ理解は進まない。
◆ 闇を溶かす「歓喜」と、芽生えた仄暗い独占欲
……さて、相手の反応は……?
返ってきた感情の変化は、今度は一瞬だった。
それは、弾けるような『喜び』よりも強い『歓喜』の感情だった。
今までの『寂しい』とか『虚しい』とか『怒り』とか『殺意』といった負の感情ではなく、嬉しい、楽しい――暗闇の冷たさを溶かすような、純粋で温かい陽の感情が、ミカドにとめどなく流れ込んでくる。
……こ、れは……。
じわりと胸の奥に……歪な感情が染み渡っていく。
――『欲しい』。
この圧倒的な好意を、この純粋な光を、もっと浴びていたい。
自分の胸から湧き上がる仄暗く小さな欲望を、ミカドは無視できる気がしなかった。

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