【第21話】 絶望を運ぶ魔獣……⑥ 虚無の受信と、自意識過剰の枷
5 絶望を運ぶ魔獣……⑥
◆ 闇に滲む、怖気の吐息
完全な虚無に1人で包まれたミカドは、焦燥と不安に駆られていた。
平気だと感じていたのは勘違いだと気づき、そばにある恐怖を強く自覚した。
しん……と、静まる洞窟に聞こえるのは、リオニの寝息と遠くで鳴る不気味な水の雫の音だけだ。
恐れに気を取られ、気づけば全方位から襲い掛かる怖気に纏わりつかれていた……。
恐怖がミカドから余裕を奪い、拠り所を欲した。
堪えがたい……逃れたい……その気持ちだけで、ミカドは自分の精神に干渉してくる相手に話し掛けてみることを思いついた。
もはや、気が紛れれば何でも良かった。
これまで、冷めた『考察』という盾でしか自分を守れなかったミカドに、初めて『自分と繋がる何か』の存在が明確に意識化される。
一度意識した考察以外の逃避手段……。
可能性……絶対的な闇に剝き出しにされ続け、怖気に肝を撫でられ続ける苦痛から逃れられるのなら……。
防衛機制すら壊れかけた脳内で、ミカドはただ、狂気の手前から引き戻してくれる存在に……縋る思いで手を伸ばしていた。
しかし、ミカド元来の卑屈で小心者の性根が顔を出す……。
◆ 脳内自縄自縛のループ、暴走する言い訳
頭の中で膨大な言い訳が生み出され、駆け回り始めた。
『……試して、もしも何の反応も無い、誰かに見られているわけじゃない。……ただの暇潰し、暗い、俺が何してるか傍から見ても分からない、誰かに見られても、変に思われない。
仮に、上層の魔猿、他の何か、見られたら……? どうするも何も、頭の中でだけ、強く考え、念じる、傍から見ても? 勘弁、黙って蹲っているようにしか見えないはずだ……。
リオニ……リオニが見ても、怪しまれない、恥ずかしい思い、嫌だ……でも大丈夫なはず、どうする? 万が一、嫌だ、恥ずかしい、バレたくない、大丈夫だ、暗い、やってみたい……。』
汗を拭いながら、ミカドはリオニが眠っている暗闇の辺りを注意深く窺う……だが、どれほど目を凝らしても何も見えないし、どれだけ耳を澄ましても、生物の音はリオニからしか聞こえなかった。
光を呑み込んだ絶対的な黒は、幼馴染の物質的な輪郭すら映し出さない。
そして、リオニの眠りは規則正しい呼吸音から確認が取れる。
……よし……絶対にバレない、覚悟を決めろ……!
◆ 固有波長の仮説と、悶え
誰も見ていないという完璧な安全圏を確保して初めて、ミカドは仮説の構築に取り掛かる。
『……不思議な夢……俺が一方的に? 「誰か」……。知らない奴、思念? 受け取り……無意識、おかしい。……つまり向こう側、本当に、誰かいたら、意図的? おかしい……無意識、感情、思考、垂れ流し、今の俺と同じ? 今まで、感じた、恐怖? 虚しさ、寂しさ、殺意、悲しみ、怒り……』
自分が感じていた……あの胸を締め付けるような虚しさ、そして寂しさ、そんなものが無意識に……勝手に誰かに送信されているのだとしたら……。
ミカドの中に、嫌な考えがふわりと浮かんできた。
あの生々しく、ドロドロとしたエゴを自分が他人に垂れ流す側だったとしたら……。
……うわあああぁぁッ!!
そう想像した瞬間、ミカドは猛烈な恥ずかしさに襲われ、暗闇のなかで独り、身悶えしてしまった。
普段スカして独りで気取っていることや、平気なふりしてビビりまくっている内心、興味ない素振りでエロい視線を隙間に送ったり、偉そうに思うくせに度胸が無かったり。
受信できるという事は、その逆の可能性もあるはずなのだ。
……くッ……落ち着け! 俺の考えとか思いを誰かが受け取るとか、それは無いはずだ!
ミカドは湧き上がる恥ずかしさを持ち前の理屈でいったん外に置いた。
……もしも漏れているなら、相手の反応が『虚しい』とか『寂しい』とか、後は『殺す』とかたまにあったけど……とにかく! 他人の感情なんてエンタメを受けてたら、そんなネガティブばかりになるはずが無い!
……俺が楽しくないのは、受け取るのがネガティブな感情ばかりだから……たぶんホセとかの感情を受けてたら、アホらしくて寂しいとか虚しいばっかりってのは無いだろうし……そう考えたら仲間に漏れてる可能性は無いな……。
全員では無いけれど、少なくとも身近な人間に漏れていないと分かってミカドは少し安心した。
……だとしたら……自分が受信している感情は、不特定多数じゃあ無いな。
もし手当たり次第に受信してるなら、世界中の思考がドロドロに混ざり合って、今みたいに特定の感情を綺麗に聞き分けられるはずが無い。
これまでの不気味な情緒不安定さを思い返してみても、流れ込んできたあの胸を締め付けるような虚しさや、寂しさ……そういった『波長』は、すべて同一の存在から発せられていると考えた方が自然だろう。
……何かもう一つ【決定的な要因】があると思うんだけど……時期を考えると、やっぱり魔法だよな……だとしたら、魔法の波長がその相手と親和……同調とか……?
何かに閃いた気がしたミカドは、色々と試してみることにした。
……どうせ、情報が足りなくてキナーク砦に帰る方法も考えられないし、暇だしな。
ミカドはそうやって、己の卑屈な行動に「暇潰しの実験」という都合の良い名前を与え、そっと暗闇の奥へと意識の触手を伸ばし始めたのだった。
◆ 共鳴、そしてのめり込み
それからしばらく……ミカドは、ああでもない、こうでもないと、暗闇のなかで必死に意識の波長を模索し、試行錯誤の深みへと没頭していった。
終わらない時間という錯覚のなか、幾度も試行を繰り返すその最中にも、やはりあの胸を締め付けるような、生々しい感情の濁流がミカドのなかに流れ込んできた。
……やっぱり……勘違いじゃないんだ……。
仮説に悲痛な実感が加わり、ミカドは一層感情を逆流させる方法に熱中した。
その試み自体は一度として成功していない。
けれど。
自分のすぐ傍らには、あの夢の主である『誰か』が確かに存在しているのだという確信が、ミカドのなかにドッシリと座り始めていた。
見たことも、名前すらも知らないはずの『誰か』。
その見知らぬ誰かは、この大洞窟の圧力すら生温く思えるほどの、深い寂しさや悲しさを抱えて絶望に暮れているのだ。
暗闇で蹲るミカドは、いつしか現実逃避の言い訳すらも忘れて没頭し、その『誰か』のために……自分のために、存在を気づいて貰うためのアプローチを止められなくなっていた。
……魔法が要因で受信、俺に受信の意思はない、なら勝手に……無意識で? 無意識で受信なら普段から波長は合ってるんじゃないか? 強さ……?
思いついたアプローチを単純に、試してみる。
……魔法が関係してるなら……。
ミカドは雷の魔法を使うときのように、身体にマナを循環させた。
……よし、やってみよう…………。
瞼の裏の暗闇に向けて、恐る恐る気持ちを込めてみる。
『俺はここにいるぞ—―!』
……………………。
もしかしたら、何か劇的な反応があるかもしれない……そう密かに期待したが、反応は無い……。
残念ながら、何も起こらなかったのだ。
……まぁ、そうだよな……むしろ、何も起こらなくて安心した。
ついさっきまで火照っていた緊張感と高揚感は『誰か』と繋がらなかったことですっかり影を潜め、安堵が首をもたげていた。
しかし、すでにのめり込み、熱中しきっていたミカドの衝動はもう止まらない。
何も起こらなかったという失敗の事実そのものが、かえってミカドの病的な羞恥心を綺麗に取り除き、卑屈で健やかな安心感を急速に育んだ。
誰も見ていないし、何も起きない。
今なら、どんなに恥ずかしいことでも出来そうな気がした……。

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