【第30話】 生還と仲間の変化……① 後遺症と強化魔法
7 生還と仲間の変化……①
◆ 生還の喜びと、幼馴染の痛々しい「後遺症」
「じゃあ行こっか」
……軽い調子で言うけどさぁ……正直なところ、俺は行きたくない……。
ミカドの気持ちはこれ以上ないほどに重く沈み込んでいた。
キナーク砦に戻ってから丸2日間、ミカドもリオニも死んだように眠り続けた。
そして今日、質問攻めされる体力も回復し、そろそろ自分たちが無事に帰還したことを他の仲間に報告しようと、リオニと2人で宿舎に戻ることを決めたのだ。
けれど、みんなに会った時のことを考えると、今から頭が痛くて仕方がない……。
あの最悪の地獄のなかで何があったのか、根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。
リオニと違って、ミカドは思春期の病で斜に構えるという、致命的なまでに人付き合いが苦手なキャラクターを作り上げてしまっている。
自分で作り上げたキャラクターと、その歪なコンプレックスのせいで、いまも緊張から、心臓が嫌な音を立て、脈打っている。
……ずっと一緒に育った幼馴染の仲間に緊張するなんて、本当に情けない……。
「……全く」
隣でミカドに呆れているリオニもそうだが、ほぼ四六時中一緒にいた仲間が、ミカドのキャラ作りや本音、というか本性……そういうものに気づかない訳が無い。
一部のアレな仲間は気づいていないが、ほぼミカドという人間の本質は仲間にバレているし、ミカドもそれは薄々勘付いている……。
うだうだと悩んでいるミカドに、リオニは一度小さく顔を落としてため息を吐いた。
そして、顔を上げると今度はミカドに向かって宣言した。
「行くわよ!」
「いや、ちょ……まだ!」
ミカドの返事は待たれることなく、彼女は仲間が集まっている部屋のドアを、躊躇なく開け放った。
「帰ったぞーっ!!」
「リオニ?……ああ! ミカド!?」
勢いよく開け放たれた瞬間、部屋にいた全員が怪訝な表情を見せていたが、飛び入ったのが誰か理解するにつれて空気が一変していくのが分かった。
感極まった様子のアレックスが、今にも泣き出しそうな、掠れた声で出迎えてくれた。
部屋に入る前は、あれほど億劫で、みんなに会いたくないとすら思っていたミカドだったが、いざその顔を見れば、胸の奥からやっぱり愛おしい嬉しさが込み上げる。
……んん?……なんだ、アレックスの顔……。何か? おかしい……??
違和感に目を凝らしたミカドは、その異様な顔に思わず言葉を失った。
「……お前、その目、どうした……?」
ミカドが気づいたアレックスの瞳……両目とも焦点が奇妙にズレてしまい、痛々しい斜視に変貌していた。
仲間たちから信頼の厚い、絶対的なリーダーであり、誰よりも真っ直ぐで綺麗な瞳をしていたはずの幼馴染の顔に残る後遺症……。
ミカドは無意識に、魔猿への怒り、恨みが胸の中に塊となって居座るのを感じた。
「これは、魔猿にやられて……ね」
アレックスは自嘲気味に小さく笑い、あまり気にしていないように見える。
……まぁ、本人が気にしていないのなら、それで良いのか?
アレックスの飄々としたそんな態度に、妙に納得している自分を不思議に感じた。
……遭難する前より冷めてる?
◆ 失われた片腕――洞窟の奥底に捨ててきた倫理
自分の変化に気が付いたミカドは、あまりにも無残に変形してしまった幼馴染の顔を見ても、悲鳴を上げるどころか『自分自身がほとんど気にしていない、ショックを受けていない』という事実の方が、小さな驚きだった。
――少し、感覚が麻痺してんのかな……。
ここにいるメンバーが経験していない……生への価値観。
あの過酷な暗闇のなか、ミカドは自分の手で虫やカエルをぐちゃぐちゃに噛み砕き、生存を優先し、尊厳を捨てた。
甘えは許されず、心を殺さなければ生き残れなかった地獄のような環境、その経験が……自身の倫理感や罪悪感といったものを洞窟の奥底へ置き去りにしてきたような気がした……。
ミカドにとって、肉体の欠損や変形など、もはや正気を揺るがすほどの絶望にはなり得なかった。
アレックスの斜視は確かに驚くような事ではある……けれど、五体満足で帰ってこれている。
……生きてるんだし、それだけで十分だよな? あとは、みんなで協力して何とかすればいいだけだし……。
「みんなの方は無事だった!? それで……オドニスはどうだったの?」
アレックスに気を取られていたミカドの代わりに、リオニが疑問を矢継ぎ早に切り出した。
「私はほとんど無事だよ!」
部屋の奥から、レベッカがいつもの調子で元気にそう言った。
けれど、彼女が口にした『ほとんど』という不穏な言葉を、ミカドは聞き流すことが出来なかった。
「ほとんど……?」
ミカドが眉をひそめて問い返す。
「あぁ、大した事じゃないんだけどね。右手の薬指と小指が、ここから開かなくなっただけ。閉じる方は問題ないし、別に困る事は無いと思ってる」
そう言いながら、レベッカは自身の右手をこちらへと差し出して見せた。
差し出された彼女の指は、言葉の通り、薬指と小指の間が不自然に固まり、ほとんど開かなくなっていた。
あの圧倒的な怪力を持つ魔猿に正面から吹っ飛ばされ、天井に叩きつけられたあの瞬間に、神経かどこかが歪に壊れてしまったのだろう。
それでも、訓練次第でまた開く可能性はある、そう言ってレベッカ自身はいたって楽観的な笑みを浮かべていた。
だが――前衛で大剣を振るう彼女の指が、二度と完全に開かないかもしれないという現実。
それは、軽いとは到底言えない重さだった。
「オドニスも無事に生きてるよ。ここにはいないけどね。ソーマが見つけてくれた」
カイリがそう言って、部屋の端で静かに佇んでいる男へと視線を向けた。
……そういえば、あの最悪の状況で混乱しまくってたから、俺……ソーマの事を完全に忘れてたな。
ミカドの頭の中で、他のみんながパニックで蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う様子が思い出される。
……あの中で、きっちり仕事をしていたんだな。
ソーマの仕事人っぷりにミカドが静かに驚いている傍らで、アレックスは当時の事を思い出しながら、ソーマに向かって何度も何度も、絞り出すような声で深い感謝を伝えていた。
ミカドが正面からソーマの顔を見ると、ソーマはただ、感情の読めない苦笑いだけを静かに返してくれた。
「ミカドの、あの必死に叫ぶ声が洞窟の奥まで届いた時は、本当に身が引き締まる思いがしたよ……」
「や、やめてくれよ恥ずかしいだろ!?」
ミカドは照れたが、ソーマの声は揶揄うでもなく……仲間を助け出せて嬉しいという感じより、明らかに失敗してしまった……そんな重苦しい感じに沈んで見えた。
表情にも、オドニスの生還を祝うような明るさは微塵も見えない。
「俺が暗闇のなかで見つけた時……オドニスは、左腕の肘から先が丸ごと無くなっていて、血塗れでさ……死体、みたいになって転がっていたんだ。とてもじゃないけど、手放しで救けられたなんて喜べないよ……」
ソーマが苦々しい告白に、宿舎の部屋にいる全員の顔から、一瞬にして明るさが引いていった。
……肘から先が、無い。
今後生きるのに苦労するのが予想され、ミカドも事の重大さに気分が落ち込んだ。
……あの臆病で、やんちゃな仲間からオドオドと逃げ回っていたオドニスが……。
可哀想という気持ちや、よりにもよって不幸が気弱なオドニスに降りかかった理不尽さに胸が痛んだ。
宿舎の空気は、まるで分厚い氷の壁に閉じ込められたかのように、昏く、冷たく、静まり返っている。
「でも、ミカドとリオニが戻ってくれて本当に良かった!」
暗くなってしまった雰囲気を少しでも変えるためだろう、レオンが両手を大きく広げてニコニコと嬉しそうに微笑み、大袈裟に見えるくらい喜びを表現している。
……さすがは、うちの影のリーダー。
みんなの空気が重くなったのを察した、レオンの朗らかな行動……それをごく自然に行える、大らかな父性には、心底頭が下がる思いだった。
◆ アレックス失神!? 容赦なきレベッカの身体強化魔法
レオンの言葉を聞いたレベッカが、気になる話題を放り込んできた。
「ほんとそれ! 2人がいない間、アレックスとホセが喧嘩してめちゃくちゃ凄かったんだぜ!? もしあんた達が戻ってこなかったら、ホセが血を見る所だったかもね! かはは!」
「何で俺がやられる前提なんだよッ! アレックスくらい、俺が本気出せば返り討ちのボコボコにしてやんよ!」
そう言って、まるで面白い世間話でもするみたいに楽しそうに喋るレベッカを、宿舎の部屋にいる周りの全員がどこか引いた目で見つめていた。
もちろん調子に乗って喚いているホセの言葉は、お約束の様に全員が流している。
掻い摘んで話を聞くと、自分たちがはぐれた後の状況は、こういう事らしかった……。
⸺あの日、洞窟で魔猿の群れに挟み撃ちの奇襲を受け、前衛のアレックスとレベッカは早々にひどい負傷を負ってしまった。
だから、どこからか『逃げろ』という絶叫が響いた瞬間、アレックスとレベッカもプライドを捨てて必死に逃げたらしい。
……へぇ、普段のアレックスなら逃げるよりも仲間の安否を優先しただろ。まあ、あの両目の焦点がズレるほどの……それくらい酷い……衝撃だったんだろうな……。
その逃走の最中、ミカドとリオニが地下へ続く横穴に逃げていく姿を、アレックスは辛うじて視界に捉えていたらしい。
「逃げるのが見えてなかったら、俺は逃げなかったよ」
そう言ったアレックスの焦点はズレていたが、アレックスなら本当に逃げなかっただろう。
……仲間の安否……無事だと思ったから逃げたんだな……。
アレックス達は退避の途中で、左腕を失ったオドニスを連れたソーマと合流。
拠点のキナーク砦まで、4人は命がけで逃げてきたらしい。
この時点で無傷なのはもうソーマだけになっていた……。
怪我人ばかりで余裕は無く、逃げるのもソーマの斥候能力が頼り。
そんな状態でアレックス、レベッカ、オドニス……そしてソーマの4人で逃げていた。
にも関わらず――。
一度は逃げたアレックスだが、その途中にミカドとリオニが合流しない事を気にして、何度も戻ろうとしたらしい。
ソーマがどれほど説得を試みても、アレックスは頑なに洞窟へ引き返そうとしたらしい。
そして……これ以上、言葉での説得は絶対に無理だと判断したレベッカは――その場で突然、アレックスを容赦なく殴り倒したそうだ。
気を失ったアレックスは、レベッカにずるずると地面を引きずられながらキナーク砦の宿舎に戻ってきた……という事らしい。
アレックスは……それはそれは、無残過ぎる姿をしていたらしい。
「俺はアレックスの目がズレてんのは、レベッカが原因だと睨んでるぜ?」
どや顔のホセの呟きが聞こえたが、ミカドは聞こえないふりをした。
……いや、それはマジでレベッカのせいかもしれないな…………。真相を突き止めるのは止めろよホセ……怖えよ…………。
レベッカに失神させられるまでボコボコにされたアレックスは、キナーク砦で目を覚ましてからも、ズレた目を気にも止めず、ミカドとリオニを助けに行くべきだと譲らなかったらしい。
最初は『自殺行為だ』と冷静に反対していたみんなも、日が経つにつれて我慢ができなくなったらしい。
ようやく全員で『助けに行こう』と決まり、宿舎で仲間たちがそれぞれの準備を始めていた……その最中のこと……。
アレックスの奴は、みんなに内緒で1人だけ洞窟に行こうとコソコソ動いていた……そしてそれが仲間に見つかった。
そこで、ホセが激怒したらしい。
ミカドとリオニは安否不明、状況的に生きている可能性は絶望的だ。
オドニス1人を助けに行っただけで、前衛の要であるアレックス、レベッカ、そして当のオドニスまでが文字通り心身ともに致命的な負傷を負って帰ってきたのだ。
しかも、ミカドとリオニを助けに行くとしても、行方不明で居場所が分からない……。
言葉上の名目は『助けに行く』というものでも、状況的に見て……あの魔猿の巣窟で生きている可能性は誰もが『絶望的』だと分かっていた。
生きているなら助けたい、けれど、半分以上は生死の確認が目的といえるだろう。
その確認さえ、下手をすれば『パーティ全滅』を覚悟しなければならない。
だからこそアレックスの自殺行為に、ホセはこれまで見せた事が無いくらい……烈火の如く怒ったらしい。
それでも――。
この宿舎に残されたみんなが出してくれた最終選択は、ミカドとリオニを全力で救出しに行く……そういう事だった。
もちろんそれは、アレックスのような無謀な特攻ではない。
これ以上の脱落者を出さないために、自分たちの安全を最優先させる……という大前提を敷いた上での決定だ。
……ありがたい……けど。
「その状況なら、もう俺達の救出は諦めた方が良かっただろ……」
話を聞き終えたミカドは、ぽつりと、乾いた声を漏らした。
……いや、みんなの気持ちは、本当に……死ぬほど嬉しいけどさ。けどもし、戻って来た時……別の誰かが死んでたら、それこそ本当に目も当てられないぞ……。
「諦めるのは……無理だったかな。助けに行ったらミカドは怒るかも、とは思ったけど」
ソーマが苦笑いしながら言い訳を口にし、カイリがみんなの様子を教えてくれた。
「リオニとミカドを見捨てる? そんなの私達ができる訳無いじゃない」
「そうだよ! で、助けに行こうって決まったのにコイツが無茶しようとしたからな!!」
見捨てるべきというミカドの発言に、思い思いの反論が一斉に飛んできた。
「そういう事か、なるほどね……」
一斉に喋られて、正直ほとんどまともに聞き取れなかったミカドだが、とりあえず場の空気に押されて、何となく全部分かったフリをして頷いた。
……でも、みんな助けようとしてくれたんだ。
自分たちがいない間の様子は、これで何となく分かった。
オドニスの腕は残念だったけど、誰も死んでいない……それが本当に良かったと思った。
ついでに、みんながさっきからレベッカに対して、妙に引き気味の怯えた目を向け続けている理由も完全に理解した。
ミカドもかなり引いてる。
暴走してたとはいえ、アレックスを容赦なくボコボコに叩きのめして気絶させたのだ。
……強化魔法を覚えたレベッカ、洒落にならないくらいヤバいわ……。
あとは、ホセとアレックスの間にあったという喧嘩の全貌も気になったけれど、これはホセがその場にいない時に、誰かに聞くことにした。
今ここで掘り下げたら、絶対にホセの奴が面倒くさくなると分かり切っていたからだ。
ここまでの話を要約すると、アレックスの過保護が病的だったこと以外は、大きな問題は無さそう……という事だ。
ミカドが残念な目でアレックスを見ると、それに気が付いたアレックスもこちらを見た。
……斜視のせいで目が合ってるのか分からんな。
「まあ、次に活かせば……?」
アレックスの斜視も、原因の元を辿れば短絡的な判断をした本人にある。
ミカドは内心で、幼馴染のアレックスに対して「ドンマイ」という哀れみの気持ちをこれでもかと溢れさせた。
「どんな感じか分かったし、せっかく皆無事? だったんだし? ご飯でも食べに行こうよ! 私、お腹がペコペコなんだから!」
重苦しかった静寂を完全に吹き飛ばすように、リオニが大きく伸びをして、自分の腹をポンと叩いてみせた。
その明るい提案に、ホセが待ってましたとばかりに、パーティの代表面をして声を張り上げる。
「だな! いったん飯でも食べてお前ら落ち着いた方がいいぜ!?」
こうして、地獄から生還したミカドとリオニの最初の生還報告は、いつもの騒がしい酒場での晩餐へと場所を移すことになった。

ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません