【第8話】 試行錯誤……③
3 試行錯誤……③
「やった……俺たち、本当に倒したんだな……!」
ホセがまだ震える手で剣を鞘に収めながら、信じられないといった呟きを漏らす。
その顔は勝利の喜びというよりも、死線の瀬戸際から生還した安堵と、未だ残る戦慄で青白かった。
「やっぱりこれ……100kgはあるわね。大したものだわ、全員が自分の役割を完璧にこなした結果でしょうね」
エマ班のリーダーとして見守っていたエマが、ミカドたち孤児院組をねぎらうように声をかける。
その視線は、草むらで立ち尽くすミカドにも等しく向けられた。
しかし、何もしていなかったことを見抜かれているのではないかという恐怖が、ミカドの胸を再びチクリと刺す。
けれど、仲間たちの目はすでに次の現実へと向いていた。
仕留めた魔ウサギの巨体を、キナーク砦までどうやって運ぶか……と、いう事と。
そして、この返り血の臭いに誘われて、さらに狂暴な魔獣や魔物が現れるのではないか……という、次なる恐怖だ。
「もたもたしてると他の魔獣が集まってくるぞ。アレックス、ホセ、レオン、グリップで担ぐんだ。カイリとエニアは周囲を警戒、ミカド、お前は足元を注意しながら先導しろ!」
命令されたミカドは、胸の内で強烈な毒づきを覚えた。
『リーダーはアレックスだろ』……仕切り始めたオマールに不満を持ったミカドだが、自身が何も出来なかった情けなさも相まって、結局言う通りにするしかなかった。
そんなミカドに目もくれず、見張りに当たっていたオマールは新米たちの浮ついた恐怖を切り裂くように鋭い指示を出していく。
「う、うん! よし、みんなで運ぼう!」
アレックスの声に応じて、男たちがずっしりと重い魔ウサギの四肢を掴み上げ、ミカドは先導役を務めるべく、弾かれたように前に出た。
◆初めての戦利品、共有された死線
戦闘ではただの木偶の坊だったのだ、せめて帰路の歩行ルートくらいは完璧に見つけなければ、本当にこのパーティで1番の無能だと思われてしまう。
例えようのない恐怖に、背中を冷たく追い立てられている気分になった。
「こっちだ……こっちのルートなら見通しが良い」
自分の声が信じられないほど上ずっている。
それでも、一歩一歩踏みしめる確かな土の感触と、背後から聞こえる仲間たちの荒い鼻息が、ミカドの心を震わせる。
ミカド自身はただ怯えていただけなのに、この熱い呼吸のうねりの中に交じっているだけで、怪我人を出さずに狩りを成功させたという純然たる事実が、自分のことのようにじわじわと胸の奥底に刻み込まれていくのだった。
ずっしりと重い魔ウサギの死体を担いだアレックスたちの足取りは重い。
100kgを超える巨体は激しい剣撃にもかかわらず原型を保っていた。
剣に対して獲物の身体が大きかったせいだ。
最後にアレックスが斬った魔ウサギの首からはドバドバ血が流れ出て、自然と血抜きの体をなしていた。
血が抜けても巨体の重さはさほど変わったようには思えなかった。
男たちは初めての獲物を必死に担ぎ上げ、揺られながら歩くその衝撃で、傷口からはダラダラと血が滴り落ちていく。
運搬の負荷と引き換えに、キナーク砦までの歩く時間が、血抜きだけは完璧に終わらせてくれそうだった。
この巨体を現地で解体する時間も余裕も、今回ありはしなかった。
「解体に関してはまた今度教えないとな……」
オマールの呟きの中、只の肉塊と化したその圧倒的な重量は、担ぎ上げる男たちの体力を容赦なく奪っていく。
「狩った肉は、本来その場で解体して持って帰るのが普通なんだが、どっちにしてもまず食べ切れない。だから、肉の大半はキナーク砦の飯屋に買い取ってもらうのが一般的なんだ」
前方を歩くミカドの背に、解説するオマールの声が届く。
その声は、ここ数日間よりも明るい気がした。
何だかんだで肩の荷が降りたのだろう。
責任感が無ければこんな感じにはならないだろうと、ミカドの中でオマールへの信用度が少し上がった。
◆五体満足という境界線
「でもそれだと、肉料理ばかりにならない??」
狩りで生計を立てるのが基本だと聞いていたリオニが、疑問を感じて首を傾げながらオマールに尋ねる。
それに答えたのは、オマールではなくエマだった。
「そうね。料理を売るお店にはもちろん野菜を使ったサラダなんかも売っているわ。その野菜の採取や栽培は、基本的に不自由を抱えた人の役割なのよ」
「不自由を抱えた人……?」
リオニの呟きに、エマは歩調を崩さないまま淡々と説明を続けた。
外での活動には危険が多い。
その結果、怪我が原因でモンスターと戦えなくなる人は多いのだという。
たとえ怪我をしたとしても、生きるためには働き、生きるためには食わなくてはならない。
怪我を抱えたまま外で危険のある活動は難しい……だからといって、働かなくても食っていけるほどこの世界は優しくない。
そのための救済措置として、野菜関係は体にハンデを抱えた人たちの利権として健常者が取り扱えない決まりができているのだという。
「いま五体満足でも、いつ自分がハンデを抱えるかわからないからね。誰も不満に感じたりはしていないはずよ」
エマはそう言って、軽く笑った。
……五体満足か。
ミカドは前方を先導しながら、自分の体の感覚を強く意識する。
普通に動くこの体が不自由になった時のことを想像すると、ブルリと……背中に酷い寒気を感じた。
脱落者、明日は我が身だ……あんな狂った化け物たちと真っ向から殺し合いを続けていれば、いつか必ず肉体を破壊されてしまうだろう。
……やっぱり俺は、安全重視で行動しよう。
念願の狩りに成功した直後だというのに、手放しで勝利を喜ぶよりも、今後の保身と生存ばかりを考えるあたりに自分の卑屈な性格が表れていると自覚していた。
だが、身体を欠損して憐れみを乞うような生き方をするくらいなら、どれだけ無能と罵られようが安全圏にへばりついていた方がマシとしか思えなかった。
◆灰色にそびえる絶対の境界線
……この何でもないように見える道だって、安全じゃないんだよな……。
ミカドは冷え切った指先でナイフの柄を握り直し、キナーク砦の無機質な石壁が見えてくるまで、ただひたすらに足元の安全なルートだけを調べ続ける。
じりじりと照りつける太陽の下、草をかき分ける音と、男たちの重い足音だけが周囲に響く。
魔ウサギの傷口から滴り落ちる血は量を減らし、移動するごとに地面の乾いた土へと吸い込まれて黒いシミの数もほとんど見られなくなった。
100kgの質量を担ぎ続けるアレックスたちの呼吸はすでに限界に近く、誰もが口をきく余裕を無くしていた。
「おい、見えてきたぞ!」
周囲を警戒していたカイリが、弾んだ声で前方を指差す。
ミカドが顔を上げると、鬱蒼とした木々の隙間から、無骨で巨大な灰色の建造物がその姿を現していた。
キナーク砦だ。
幾重にも積み上げられた無機質な石壁は、外の世界の脅威を遮断する絶対的な境界線として、圧倒的な存在感を放ちながら新兵たちを迎え入れようとしていた。
想像よりも、狩りでの戦闘はかなり過酷だった。
そんな場所から、ついに生きて帰ってきたのだという実感が、ミカドに気の抜ける安堵をもたらした。
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