【第7話】 試行錯誤……②
3 試行錯誤……②
「どう?」
エニアが獲物を見つけたアレックスに、どんな様子か聞きに来た。
「チャンスはあると思う……でも、もう少しあいつを川に近づけたいね……」
川の水を飲みに来た獲物を逃さないよう、アレックスは目を一時も離さずに思案している。
昨日深夜までの話し合いで、狩りは1度、自分達なりの考えで動いた方がいいとの結論に至った。
その話をした時、オマールは少し不服そうな態度を見せたけれど、意固地にはならずに受け入れてくれた。
そして、リーダーは自然とアレックスに決まった。
絶対に仲間を見捨てないという信頼が、みんなの共通認識として出来上がっているのが大きな要因だろう。
「リオニ、作戦は……?」
「そうね……オマール、カイリ、グリップにはここで他の脅威が迫っていないか見張りをお願いするわ。レベッカにはエマの班で狩りに参加して欲しいと伝えて」
状況を見ながらリオニが作戦を立てる。
もともとリオニはこういう事が得意で、ミカドも孤児院時代、何度リオニに煮え湯を飲まされたか分からないほどだった。
……相変わらず、こいつの頭の回転の速さは異常だ。絶対に敵に回したくないし、余計なヘイトも買いたくないな……。
リオニは、オマールとエマにはまだ無理な1人1人の適材適所を活かした作戦で狩りの成功を狙う。
「エマたちは右側から獲物を追い込んで頂戴。エニアは獲物の死角から弓矢で攻撃をお願い」
エニアはこくりと頷いた。
「アレックス達は左側で待機、獲物を待ち伏せして。正面から来たら、威嚇して足止めね……その後は防御に徹する事! あとは臨機応変に……皆で囲んで安全に仕留めよう!」
テキパキと作戦を立てていく様子は堂に入っており、まるで百戦錬磨のような頼もしさすら感じてしまう。
「じゃあ私、みんなに伝えてくるね」
エニアは伝達役として後方の仲間の元に向かった。
しばらくすると、作戦が伝わったのだろう。
少し離れた場所からオマールの『了承』という合図が見えた。
それを確認したアレックスとリオニは頷き合い、作戦行動に移る。
先にエマ達が動いて配置場所に向かい、適度な間隔を開けて待ち伏せる。
かなり獣臭いが、それはきちんと風下にいる証である。
風下になっているが、念を入れてエマが風を操り、獲物の方向に臭いが行かないように予防した。
エマとオマールはいくつか簡単な魔法が使える。
魔法を使える様になるには呪文を一から言葉に出して構築するか、紙に予め書いてマナを流すか、体に刻んだ式にマナを流す等して使用する。
魔法は色々な方法で使用できる。
けれど、どの方法も最初はお金がかかるので、今はまだオマールとエマしか使えない。
……みんな魔法を使えたら、狩りもこんなに手こずらなかったんだろうな。結局、金のない俺たちは、泥臭く命を張るしかないってことだ。
エマ班の全員が配置についた。
次いでエニアが少し後方で弓矢を構えて待機する。
獲物はウサギの魔獣だ。
大きさは約1メートル……。
まん丸くて重量感たっぷりで、100kgはありそうな見た目をしている。
ちなみに魔獣化した動物は頭に『魔』の文字を付けるのが慣習化している。
つまりこの場合は魔ウサギだ。
魔ウサギは脚部が異常に発達していて、戦闘になれば、跳ねる時にぶつかったり、下敷きになる可能性がある。
◆ 解放される殺意、すくむ足
1メートルクラスの魔獣の歯だ……囓られれば当然無事では済まない。
全員が移動し終えるまで魔ウサギが川の水を飲んでいて、動かなかったのは幸運だった。
……今回は運も味方してるのか?
おかげでスムーズに配置に着けた。
エニアが弓に矢を番えて、ギリギリと弓を引いて待つ。
かなり体力を使うが、これが出来るのは闇の女神様から加護を受けた女性の特権だろう。
「よし……やろう」
静かなリオニのGOに頷いて、アレックスが行動開始の合図を出した。
『シュッ』
エニアの腕力で、ミチミチと……限界まで引かれた弓から矢が放たれた。
◆解放される殺意、すくむ足
狙いを定めたエニアの矢は鋭い風切り音を立てて獲物に向かう。
『トスッ……!』
思ったよりも耳心地の良い音を立てて、矢が魔ウサギの太ももに突き刺さった。
「ギャァッ!」
突然の痛みと驚きで、魔ウサギは野太く耳障りな声でけたたましく鳴いた。
その予想以上に大声に、体は思わずビクリと弾み、ついさっきまで普通に動かせていた身体が明らかに鈍くなった。
魔ウサギの声に、ミカドは自分の皮膚表面が一瞬で総毛立ち、全身の筋肉が意思を裏切って硬直していくのを感じた。
そして、魔ウサギは直ぐにのんびりした様子から一転、激昂状態へと変化した。
「ギジャアァァァッッ!!!」
……うおっ!? こ、怖え……、こ、こんな……。
ミカドは魔獣の発した腹の底からの叫びに完全に気圧され、激しい怖気に襲われていた。
狂ったように咆哮する魔ウサギ……その充血して爛々と輝く目、剥き出しになった凶悪な前歯が、あの日のイノシシの悪夢を脳裏に強烈に想起させる。
あの質量に激突されれば、人間の肉体など簡単に破裂するだろう。
「お、おお! 落ち着けっ! み、みんな!」
誰の発した声か判別がつかないくらい慌てた声を聞きながら、ミカド自身それどころではなかった。
心臓が嫌な音を立てて跳ね上がり、指先から血の気が引いていく。
足は、ガチガチと震えて地面に縫い付けられたように動かない。
……くそ……情けない……!! 死ぬ、今あいつに突っ込まれたら、本当に骨を砕かれて死ぬぞ……!!
「今よ!」
……いまだって!? 馬鹿言うなよ!? こんなビビった状態であんな狂った化け物の前に出れるかよ!?
「おぉぉ”っぁぁあ”あ”あ”あ”ッ!!!」
ミカドの胸の絶叫をかき消すように、凄まじい怒号が草むらを震わせた。
それは、エマの声を合図に飛び出した、4人同時の必死の咆哮だった。
自分が鼓舞しなければという、エマの鋭く裂けるような叫び。
か細い喉を引き裂くようにして声を絞り出す、エニアの悲鳴に近い咆哮。
男の意地を張り上げる、ソーマの野太い大音声。
そして、大盾を構えて突撃するレベッカの、地を這うような重い雄叫び。
それぞれの、異なる想いが1つのうねりとなり……死への戦慄を燃料にした「生への執念」へと重なり合う……そうしてひと塊の……獣のような地響きとなって、すくみ上がるミカドと魔ウサギの鼓膜を容赦なく殴りつけた。
4人は一斉に魔ウサギの視界へと姿を晒し、死に物狂いの追い込みをかける。
その動きはやはり初戦特有の若干のぎこちなさを孕み、腰が引け、死の恐怖を受けているのも丸分かりだった。
それでも、必死に戦意を保ち、投げだす奴は1人もいなかった。
ただ1人、草むらの陰で完全にすくみ上がっているミカドを除いては。
◆ 鉄錆の臭い、終わらない痙攣
上手く動かない体を無理やり動かし、ミカドは狂乱する魔獣の牙から逃れるように視界から外れ、辺りの様子を窺うことしかできない。
……これじゃ足を引っ張るぞ……! 頼むからこっちに来るな……!
ミカドの都合など関係無く、死線はどんどん進んでいく……出来る事といえば誰の邪魔にもならないように情けなく隠れている事だけだった。
「レオン!」
完全に魔ウサギの意識はミカドのいない、ミカドの属するエマ班に向いている。
アレックスはそれを見逃さず、レオンに合図を送った。
「おう……!」
レオンが応えて飛び出した。
「向かせるなッ!!」
大盾を構えたレベッカが真っ向からあの魔ウサギのヘイトを引き受けている……はっきり言って狂っているとしか思えなかった。
魔ウサギがレベッカのヘイトに乗っかり、その隙にエニア、ソーマが矢を放つ。
前に出ているレベッカは大盾を構えたまま、ジリジリと……更にゆっくり前に出る。
魔ウサギは目の前の人数に対応できず、死角から迫るレオンの動きを見逃した。
レオンは隙を見せる魔ウサギの、背後から胴体に向かって深く剣を突き刺した。
「ビギャッ!?」
「どりゃあっ!」
続け様に、ホセが狂ったように叫びながら魔ウサギの胴体に剣を突き刺した。
「ギァ……!」
「おっしゃぁ!!」
悲鳴を上げながら、今更背後の敵に気付いた魔ウサギが、アレックス達の方に頭を捻り怒りの視線を向ける……しかし、既に趨勢は決まっていた。
「こっちがお留守になってるよッ! どおりぃぃやあああっっ!!!!」
エマ班から意識が逸れた瞬間を逃さなかったレベッカは、盾を捨て剣に持ち替えると、魔ウサギの首から胴体に掛けて、両手で思い切り袈裟懸けに斬り下ろした。
「キ、ァ……」
どろりとした生暖かい返り血が無常に草むらを汚し、あれほど巨大だった魔ウサギは、か細い声を上げて『トスン』と力なく倒れ込んだ。
……まだ起き上がるんじゃないか? 息を吹き替えして、あの強靭な後ろ足で胸を蹴り破られるんじゃないか?
ミカドは未だに草むらの陰に隠れたまま、身動きひとつできないでいた。
魔ウサギはピクピクと……まだ生きようと醜く痙攣していた。
「離れて! そのまま様子を見よう! 周りにも注意して……!」
アレックスの切迫した声色で、勝利に緩みかかった仲間の警戒が引き戻される。
1秒……2秒……3秒、魔ウサギの動きに変化は見られない……8秒……9秒……10秒……。
「…………お、終わり……?」
しばらく様子を見ていたカイリは、大きく動かない魔ウサギを見ながら、血と鉄錆の臭いに顔を強張らせ、恐る恐るそう言った。
誰も彼もが武器を構えたまま、荒い呼吸でビクビクと警戒を解くことが出来ないでいる。
不意に起き上がり、また死に物狂いで牙を剥いて向かって来るかもしれないという恐怖がどうしても脳裏から拭えないのだ。
しかし、魔ウサギはずっとピクピクと土を蹴って痙攣し、『ヒュー……ヒュー……』という……か細く濁った呼吸音を鳴らすだけだった。
「とどめを刺してやろう……」
黙ってそれを見ていたオマールの言葉に、アレックスが喉を鳴らして頷いた。
「……俺がやろう」
自分に言い聞かすような言葉は重苦しい……アレックスはそのまま剣を大きく上に上げ、全体重を剣に乗せた一撃を振り下ろした。
剣は魔ウサギの首に深く突き刺さり、通り抜ける……そして、『ガッ』という鈍い音を立てて地面で止まった。
首が半ばまで断ち切られ、ドクドクと溢れ出る鮮血が地面に吸われていく。
確実な、生物の死がそこにあった。
「痛いな……」
アレックスは魔ウサギを見下ろしながら、自分の手首を強く擦っていた。
傍目には、彼が何に対して痛いと言っていたのか分からなかった。
命を奪うことへの痛みか、あるいは骨を断った時の衝撃による痛みなのか。
いつもならアレックスの吐く高潔な綺麗事に、薄っぺらさと猛烈な不快感を覚えるミカドだったが、いま彼がポツリと溢したその言葉には、逃れようのない生々しい重みを感じた。
……くそ……俺は何もできなかった……ただ怯えて、隠れていただけだ……。
ミカドは、自分のせいでこの作戦が失敗しなかった事に心底ホッとしていた。
それと同時に、自分はあまりにも無力で、あまりにも無様……果敢だった仲間と比べてあまりにも情けなく、腰は引け……。
……いいとこなんか何も無いじゃんか……。
ミカドは、まるで底なしの沼へ真っ逆さまに落ちていくように、どこまでも深く凹むことしかできなかった。
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