【第9話】 盗賊の本分……④

アドセンス横長

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3 盗賊の本分……④
5月

無事にゴブリンを倒したロスは、警戒心を解こうと慣れない笑顔を作りながら女の元に戻っていく。

私は、あっさりとゴブリン二体を倒した男から目を離さずに、注意深く観察する。

あれだけ簡単に倒せるのなら、さっきの余裕も頷けるというものだ。

それよりも……男が手に持った、あの汚い耳が気になって仕方がなかった。

「君は、アレに追われてたの?」

「…………」

ニヤニヤとした男の顔と口調は、戦いの後だというのにひどく軽い。

私に悪感情を持っているなら、こんなトーンで話しかけられるはずがないとは思う。

だけど、このヘラヘラとしたニヤケ面は意味が分からないし、底浅くて気に食わない……。

とにかく無性に……なんだかムカムカと、腹が立つ。

そもそも、こんな場所にいる得体の知れない小汚い男を前に、警戒を解くなんて土台無理な話でもある。

そして視線が、どうしても男の手に握られたあの耳へと戻ってしまう。

汚い……。

接しやすく振る舞ったつもりだったが、彼女は質問に答えてはくれなかった。

その代わりに寄越したのが、汚物を見るような視線だったものだから、多少なりともショックを受けた。

……この視線が質問の答えなのか?

「ロスゥッ!!」

「はい喜んで〜っ!」

「「…………」」

お互いの出方を伺う、割とシリアスな場面のはずだったのだが、ボスの無粋な呼び掛けが全てを台無しにした。

条件反射でアホみたいな返事をしてしまった自分も自分だが、何とも言えない気まずさに、俺は全身のいたる所から冷や汗が噴き出していた。

だが俺は! すべて無かった事にしてキリッとした表情を作り、彼女に向き直した!

「だっさ……」

「おいおーい! そこは見なかった事にするのが人としての礼儀ってものじゃない!?」

初めて声を発した彼女の容赦ない物言いに、俺は我慢できずに物申した。

せっかく声を聴けたっていうのに、第一声がそれかよ!

「だいいち、俺はボスに君の事を隠して……」

「ロスぅ!!」

「はい喜んでぇッ!!…………」

こちらの都合を微塵も気にしないボスが、俺の都合をことごとく叩き潰す。

「くっそ……少しは辛抱しろよ……」

流石にボスへの愚痴がこぼれるが、こればかりは誰が見ても仕方ないと言ってくれるはずだ。

「それで?」

仕方ないと言ってくれない彼女が、非常に冷めた顔で……こちらを完全に見下した顔で、話の続きを促してきた。

その冷めた澄まし顔は冷酷で……だけど、ゾクゾクするほど綺麗だ。

「おほんっ……つまりだな、ボスに見つかると面倒だから、逃がしてやろうって……」

「ロスぅっ!! 何ちんたらしてやがんだ!! ブッ殺すぞ!!」

「はいっ! ボスっ!! ゴブリンを二体仕留めました!! すぐ戻ります!!」

もう会話のドッジボールどころか、ボスのせいで強制終了させられかけている。

焦る俺の横から、冷え切った声が鼓膜を刺した。

「お前みたいな下っ端の山賊に気を使われるなんて……屈辱ね……」

「山賊じゃねぇ! 俺は盗賊だ!! 山賊じゃないからな!?」

「……どっちも同じ下衆じゃない」

吐き捨てられた言葉のナイフが、俺の胸に深々とグサグサ突き刺さる。

冷酷、無慈悲……あまりにも無常。

だけど、ここで引き下がったら俺はボスと同じグループ……本当にただの小汚い悪党に分類されてしまう。

それだけは盗賊としての、いや、ロス・グレイブ個人のプライドが許さなかった……なにより。

……ボスと同類は勘弁してくれぇ〜!

「違う、全然違うから! 山賊は力任せに人を傷つけて全部奪う野蛮な連中だろ! それに、その辺にいる普通の盗賊だって、ただのこそ泥で品がない! でも俺は違う! 人様の余った富をちょーっとだけ、スマートに掠め取るのがお仕事なの! 誰も殺さないし、不当に傷つけたりもしない! そこには天と地ほどの格の差があるわけ!」

必死になって熱弁するが、彼女はフンと鼻で笑っただけだった。

冷めた澄まし顔のまま、こちらの言葉をこれっぽっちも信じていない。

そりゃそうだ。

ゴブリンの生首(正確には耳)を引っ提げた小汚い男が、山賊のボスに怯えながら「俺は無害だ!」と捲し立てているのだ。

不審者以外の何者でもない。

 だが、彼女があまりにも警戒を解いてくれないものだから、元々悪意の無かった俺も、なんだか意地になってムキになって無害アピールを続ける形になっていた。

とにかく、俺は君に酷いことをする気は万に一つも無いんだと、それだけは分かって欲しかった。

「おい、ロスぅッ!! 耳はまだか!!」

「あ、へいっ! いま、いま行きますボスぅ!!」

遠くからの怒鳴り声に、俺の情けない声が裏返る。

……この時の俺、後ろに話の通じないボスは控えてるわ、目の前の美女には汚物を見るような目で見られるわで、本当に精神的にも肉体的にもガチで大変だったんだけど。

でも――。

そんな俺の必死の苦労を、どこまでも冷めた澄まし顔で見下してくるザハグランロッテちゃん……。

今思えば、最高に好きだったな。

どうやら本当に、この男に害意は無いらしい……。

山賊だか盗賊だか知らないが、要は自分の危険度は低い、そう言いたいのだろう。

そして、この男が組織の中で下っ端なのも判明した。

……それでも。目的が分からないわね。私から搾取しない理由は……? ボスと呼ばれる野蛮そうな男から匿うのは、自分が利益を独占するため……?

……それとも、やはり……体……?

『体』……嫌な考えと同時に、自死の考えが浮かぶ。

「と、とにかくボスに見つかると君にとって良い事は絶対に無い! だから大人しくしといてよ!?」

……仲間にバラす気がない……? なぜ……?

私は、男の考えが読めずに疑念は益々大きくなっていく。

理解ができない……狙いが分からない……。この男のメリットは何……? 身代金の独り占めでも狙ってる……?

不信感は更に大きくなる。

……それとも油断させる事が目的?

「なあ……その変質者を見るような目はやめてくんない? 自分では割と耐性有る部類の人間だと思ってたんだけど、案外傷つくみたいだからさ……」

「お前みたいな盗賊に、そんな繊細な感情があるはず無いでしょう」

「おま……だからさ、」

「ロスぅっ!! 今すぐ戻ってこい!! ブッ殺すぞ!!」

「はい喜んで〜!」

「「…………」」

「だっさ……」

「と! とにかく! 家に帰りたかったら大人しく待ってろよ!? 夜、かなり遅くになるかもしれねぇけど、後でまた来てやるから!」 

「恩着せがましいわね」

「たく……可愛くねぇな……」

本当に可愛げの無い態度だったと思う。

目の前の脅威(ゴブリン)を取り除いてやったんだから、それ以上助ける必要も無い……可愛げもないのだから、もうここに留まる理由が無くなったはずだった。

さっさと放置して立ち去れば良い場面で、女もその方が喜ぶだろうに……。

……なぜだかあの時の俺は、彼女の前から離れ難い気持ちが湧き上がって、少し混乱していたんだっけ……。

「ロスぅっ!!」

「いま戻りますぅ〜!」

「いいか! 他に人が通っても近付くな! 信用するなよ! いいな!? 俺は盗賊だし、小悪党だけど……小物なんだよ。だから人がガチで不幸に落ちるのを見るのは嫌なんだよ! いいか、馬車の近くだぞ?」

男の見た目は変化しなかったが、その声は何故か懇願しているように聞こえた。

圧倒的に優位に立つ男の方が何故か頼み込む異常な状態だった。

ボスと思われる声に急かされた男は、まだ何か言いたそうにしていたが、私の前から離れ、茂みの中に消えて行った。

どれだけ考えても男の狙いが分からなかったが、最後の言葉は合点がいった。

「要するに、小心者のヘタレって事ね……」

本人が聞いていれば間違いなく憤慨する言葉を口にして、次に男の言葉を思い返して考える。

……ここで待つ……?

本音を言えば『冗談じゃない!』という気持ちしかない。

ここはゴブリンに襲われた現場なのだ。

他のゴブリンが戻って来るかもしれないのだ。

……それに……。

一人になったザハグランロッテはこれからどうするか考える。

……あの男は……信用できない。いや、あの男というか……男の仲間に私の事が漏れる……気がする……。

……でも……利用は……あの男が他の奴に喋らなければ、そうすれば街に戻る道具として利用できる……?

……一人でも、街を目指すだけなら……出来る……と思う……。

……けど……。

地の街、その前に広がる前線基地を思い出して考えを改める。

……ダメだ……あんな所に一人なんて……。

そもそも護衛を付ける理由の大半は、前線基地を無事に抜ける為のものなのだ。

どうにもならなければ死ねばいいが、足掻けるうちは諦めたくは無かった。

……どうしよう。

正直難しい問題だ。

どの答えを選んでも運の要素が強過ぎる。

答えを出せない私は、最後に男が残していったコーヒーの香りを思い浮かべていた。

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