【第10話】 盗賊の本分……⑤
3 盗賊の本分……⑤
5月
ザハグランロッテは馬車の側で男を待つべきか、ダメもとで自力で地の街に戻るべきかで頭を悩ませる。
◇
「ロスぅっ!!」
「あ、へいっ! いま、いま行きますボスぅ!!」
いつもの怒鳴り声にすこしうんざりしながら、俺はザハグランロッテちゃんを隠した茂みを後にした。
足早に森を抜け、ボスの待機している馬車へと何食わぬ顔で戻っていく。
案の定、御者の座席にどっかりと腰を下ろしたボスは、額に青筋を浮かべて俺を睨みつけてきた。
「遅えんだよロス!! たかがゴブリン相手にナニをシコシコしてやがったぁ!!」
開口一番、山賊らしい卑猥で理不尽な説教。
いつもならへこへことやり過ごすだけだが、今の俺にはこの怒声を綺麗に受け流せるだけの、ちょっとした仕込みがあった。
「いやあ、すんませんボス! ほら、きっちり耳を削いできやしたぜ!!」
へらへらとした軽い笑みを浮かべながら、血と泥にまみれたゴブリンの汚い耳をボスの顔面に擦り付けんばかりにグイッと突き出してやった。
「うわっ! お前っ!! 汚ねぇもん見せんなよ! ブッ殺すぞ!!」
ボスは本気で嫌そうな顔をして、椅子から転げ落ちんばかりの勢いで大きくのけぞった。
……ぷはっ! さすがボス、反応がおもしろいな。
一歩間違えばボスにボコボコにされるか、殺されてもおかしくない行為だが、その辺の距離感は把握できている。
彼女との話を邪魔された腹いせにやってみたのだが、予想通りマヌケに慌てる姿を見られて少しは気が収まった。
「サーセン。ただ、ゴブリンがいてこの状況ですからねぇ……この馬車はゴブリンどもの群れに襲われたんでしょうねぇ。て事は、サッサとアジトに戻った方が良いと思いやすよ」
自分の都合の良いようにボスの思考をコントロールしてみる。
「そうか、ならサッサと帰る準備しろやぁ! ブッ殺すぞ!!」
予想はしていたが、あっさりとボスを誘導することが出来た。
……これがボスでよく崩壊しないよな。
不思議に思いながら、俺は馬車の食料を持てるだけ抱えて荷台へと飛び乗った。
パチン、と鞭の音が響き、馬車がゆっくりと動き出す。
ガタゴトと揺れる荷台の隅で、俺は張り詰めていた緊張の糸を一気に緩め、ようやく長いため息を吐き出した。
「ふぅ……」
背中にどっと冷や汗が流れる。
ボスに怪しまれることもなく、無事に彼女をあの場に隠し通せてホッとした。
だが、あの馬車を置いて逃げ出すほどの襲撃だ。
……あのお嬢さん、怖がって移動しないといいけど……まぁ、いなかったらそれまでだよな。
そう自分に言い聞かせるが、ボスの下衆な言葉が脳裏にこびりついて離れない。
もし彼女の存在がこの山賊団の男たちにバレたら、アジト総出でここに押し寄せるだろう。
あのレベルの女なら、まず自由にはなれない……。
あんな冷たい目で俺を見下してきた高潔な女が、下衆どもに蹂躙されてガチな不幸に落ちるのを見るのは……想像しただけで胸クソが悪くなる。
自分がいただきたいという下衆な考えが浮かばない訳ではない。
ただ『そう思う』のと『そうしたい』は似て非なるものだった。
「俺は盗賊だし、人様の余った富を掠め取るのが仕事。それ以上も、それ以外も盗賊の本分から逸れてる」
口の中でそう呟き、自分への大真面目な屁理屈を用意する。
『夜、かなり遅くになるかもしれねぇけど、後でまた来てやるから』
そう約束した言葉を反芻しながら、俺は夜中に監視の目を盗んで抜け出すための、盗賊としての計算を静かに始めるのだった。
◇
ガタゴトと揺られながら一時間ほど、馬車はようやく山中にある山賊団の根城……薄汚いアジトへと滑り込んだ。
「おい、戻ったぞ! 門を開けろぉ!!」
ボスの下衆な怒声に、見張りの山賊どもがゲラゲラと下品な笑い声を上げながら門を開く。
馬車が中に入った途端、鼻を突いたのは安酒の臭いと、肉の焼ける生臭い煙、そして下衆どもが貪り合う性欲の残り香だ。
広場では、数日前の略奪で手に入れた戦利品を囲み、すでに泥酔した仲間たちが醜い大声を張り上げていた。
「おいボス! そっちの収穫はどうだったんだぁ!?」
「ケッ、ゴブリンに荒らされた後のボロ馬車しか残ってねぇよ。無駄足だ!」
「ギャハハ、そりゃあついてねぇな! まぁ気にするなよボス、今夜は掠めてきた女がまだ二人もいるからな! 飽きるまでまだまだ楽しもうぜ!」
下衆どもの卑猥な笑い声が砦に響き渡る。
荷台から食料を運び出しながら、俺はその会話の醜悪さに目をギュッと瞑って俯いた。
……マジで、絶対にバレちゃダメだ。
ここの山賊たちが女を殺すことは無い、飽きたら新しい女を攫ってから街に放逐するだけだ。
……だけど!
あのアジトの奥で玩具にされている女たちの、虚ろで絶望しきった顔は何度も見ている。
もし、あの森に女がいるなんて知られたら、この飢えた獣どもが一斉にあの場所へ群がるだろう。
あんな世間知らずそうな女が、衣服を剥ぎ取られ、泥にまみれ、下衆どもに代わる代わる蹂躙されてボロボロの雑巾にされていく――そのおぞましい光景を想像した瞬間、体中の血が冷たく引き引いていくのが分かった。
「……夜まで、あと数時間か」
この後、どうやってアジトを抜け出すか……ロスは静かに考え始めた。
……まず何よりも……ボスを上機嫌のまま完全に酔い潰して眠らせるのが重要だ。
小間使いのように事あるごとに呼び出される俺も、ボスが酒を呑んで潰れれば、あれはただの肉塊にすぎなくなる。
そうすれば、俺も自由に動けるようになる。
幸い、今日の荷馬車から沢山の食料が手に入ったおかげで、ボスの大好きなツマミの材料は山ほどある。
他の山賊どもにはボスの機嫌を取る能力なんてこれっぽっちも無いんだ。
俺が美味い出来立ての料理と、得意の音楽でこの広場の空気を完璧にコントロールし、浴びるように酒を煽らせてやる。
下衆どもを心地よい高揚の中で早々に潰してやれば、他の起きている奴らの目を盗んでこっそりと抜け出すチャンスは必ず作れるはずだ。
俺は荷台から抱えた食料を抱き直し、広場を睨みながら計算に不備が無いか思い返しながら確認する。
……あのお嬢さんが、待ってるなら……。
「よーし……」
……さあ「飯の支度」に取り掛かるとしよう!
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