【第9話】 試行錯誤……④
3 試行錯誤……④
目にした瞬間、胸がつまるほど懐かしく感じたキナーク砦の重苦しい鉄の門をくぐり、ミカドは失意のまま、みんなの後ろを付いて歩く。
目的の場所は酒場だ、この時間から買い取るのは食材を買い取るのは酒場で、違う時間にはまた違う売り場に持って行くのだそうだ。
昼下がりのやや薄暗い店内に、アレックスたちが肩の皮を擦りむきながら運んできた100kg超えの魔ウサギが、『ドスン』とその巨体っぷりに見合う重い音を立てて床に降ろされる。
「おいおい、新兵が初陣で100kg超えの魔ウサギを丸ごと担いできたってか!?」
奥から出てきた、油の匂いを染み込ませたエプロン姿の店主が、目を丸くして獲物を覗き込んできた。
店主は慣れた手つきで魔ウサギの首元の傷口を確かめると、感心したように鼻を鳴らす。
「へえ、完璧じゃあないが……最低限の血抜きだけは済ませてやがるな。上出来……とは言えないが、新人にしては頑張ったな! ……だが、現地で解体はしてねえのか。丸ごとは厨房の場所を取るんだよなぁ」
店主の鋭い査定の目に、ミカドは喉の奥がカラカラに乾くのを感じた。
すかさず、背後からオマールが冷静な声で店主に抗弁する。
「あのサイズをそのまま現場でバラしてたら、血の臭いで砦に帰る前に他の魔獣に囲まれて獲物を置いて逃げる羽目になるだろ? 店主だったら新兵が苦労して初めて狩った獲物を置いて逃げろと言えるか……?』
「そ、そうか……そういう事なら仕方ないか」
「そうそう。それにさ……解体まで当日ってのは無理だよ。解体は次の……もっと手頃な獲物の時に仕込むんだ」
「そうよ。ベテランならその場で解体して、一番栄養のある内臓を生で喰うのが普通だし、それが特権でしょ?」
エマもクスッと呆れ混じりに笑いながらフォローを入れた。
店主は渋々といった様子で頭を掻き、奥から小さな革袋を取り出してきた。
「ま、血抜きが終わってるだけマシか。だが丸ごとの解体代として、本来の買い取り価格から大銀貨1枚分は引かせてもらうぜ? ……ほらよ、今回の取り分だ」
テーブルに放り出されたのは、ジャラリと鈍い音を立てる数枚の銀貨だった。
解体代を差し引かれた、初めての狩りの報酬。
一度数を数えてから均等に分配し、ミカドの手のひらにも数枚の銀貨が乗せられた。
戦闘ではただ怯えて隠れていただけの木偶の坊だった……。
そんな自分の手にも他の仲間と全く同じ額の、ずっしりとした金属の重みが乗っている……それが、物凄く申し訳なかった。
本当にこれを受け取っていいのかという強烈な罪悪感と、これ以上お荷物だと思われたくないという想いでミカドは複雑だった。
案内された席の周囲は、すでに外での死線をくぐり抜けてきた荒くれ者たちの熱気と、すえた酒の匂いで満ちていた。
あちこちのテーブルから喧しい笑い声や、ジョッキを叩きつけるような激しい音が絶え間なく湧き上がっており、大声で怒鳴り合わなければ隣の奴の言葉すら聞き取れないほどの喧噪が店全体を支配している。
だが、そんなミカドの内心や周囲の喧騒を、仲間たちの熱狂は簡単に置き去りにしていく。
「やった……! 俺たち、本当に稼げたんだな……!」
ホセがまだ震える手で銀貨を数えながら、狂喜乱舞した声を上げる。
その声を合図に、この日は初勝利のお祝いにお酒も飲もうという事になり、そのまま酒場のテーブルを囲んで一気に宴会が始まった。
「カンパーイ!!」
エニアやリオニも顔を上気させ、仲間と一緒にエールを煽る。
お酒が進むと、自然に狩りの成功を喜ぶ空気へと店全体が包まれていった。
アレックスが興奮しながら仲間の奮闘を喋りまくる。
それに合わせて各々が、どうやって魔ウサギのヘイトを買っただとか、レベッカがどれだけ豪快に剣を振り下ろしたかだとか……誰もが自分の手柄と生還の興奮を英雄譚のように大声で語り合っている。
……盛り上がってやがるな。
ミカドは、その喧騒の輪から弾き出されたように、ただ黙って、ぬるくなったエールを喉に流し込んでいた。
しばらく経つと、仲間の酔い方が変化し始める。
酒に慣れていない仲間の呂律が怪しくなり、それを見たオマールが昔話を喋り始めた。
「どうだ? 狩りが成功した後の酒は格別だろう!?」
「それ!! もうね……さいっこおー!!!」
オマールの言葉にホセが興奮しながら乗っかった。
◆外れるタガ、明かされる禁忌
……ホセのやつ、完全に調子にのってるな。
「いやあ! マジで! 毎日こうなら凄え楽しいんだろうな!!」
レベッカも本当に楽しそうだ。
会話に付いてこれてない仲間は、だいたい酒で潰れているか、酔いの心地よさに浸っているかのどちらかだった。
「今日はお前らと飲む初めての祝いの酒だから、先輩から酒についての注意を教えておく。シラフだと教えにくいけど……大事なことだ」
「はあ!? 何でこんな楽しい時にそんな話すんだよ!?」
「こんな時だからだ……」
それまで楽しい雰囲気しか出していなかったオマールが、少しトーンを落として真面目な顔になった。
何かあるのかとエマを見てみたが、よく分かっていないような顔をしていたので示し合わせていた訳では無さそうだ。
「ええ~楽しかったのに!」
「すまない。でも今日……手遅れになる前に伝えておくのが一応、先輩としての義務だと思って……。どうでも良い奴だったら言わないんだけどな」
「俺は聞くよ……」
アレックスが真面目な顔をしてオマールに向き合った。
「そうか……。えっと、まずな? 酒を飲むのは楽しいか?」
「たのヒック! 楽しいに決まってんじゃん!!」
「そうだよな。でも俺たちもそのうち狩りが上手くなれば、その回数が増えていくようになる……」
……それで何か悪いことでもあるのか?
オマールの言いたいことが分からず、ミカドは少しじれったい気持ちになった。
「回数が増えれば、外れるタガが多くなるし、大きくなる」
「お……おお? それで?」
「それでな……」
ここにきてエマの顔色が悪くなっていくのにミカドは気が付いた。
「やるんだよ……やっちゃいけない飲み方を。 気持ちが大きくなって絶対にやっちゃ駄目な飲み方をする奴が出てくるんだ……」
「なんだよ、やっちゃいけない飲み方って……イッキとか?」
「いや……そんな可愛いもんじゃない」
「ああもうじれってえなぁ!! だから! 何なんだよ!?」
酔ったホセの我慢がいつもより短く、このままだと本気で怒り始めそうだった。
「尻だ……」
「は……? しり……シリ??」
「出るんだよ……尻から酒を飲む奴が…………」
「ぶっ! ぶはははは!! なんだよそれ!? 『出るんだよ……』って! 尻は出すところだろ!? そんな奴いるわけねえし! いたからって、尻から飲んで何が問題なんだよ!? ぶはははは!!」
怒りかけていたホセが馬鹿笑いを始め、真面目に聞いていた仲間も白けた目をオマールに向けていた。
……でも、エマの様子が……。
エマだけがオマールの話を聞いて青ざめていた。
「あれ? エマ姉なんか顔色悪くね? あ……もしかしてエマ姉が尻から、ぶふうおえぇっ!!」
ホセがデリカシーゼロの言葉を言い切る前に、リオニがホセをぶっ飛ばした。
「こ、こいつ何を言おうとしてんのよ!! ほんと最悪!!」
羞恥からか、それとも怒りが振りきれているからか、酔いからか、リオニの顔は茹でダコのように真っ赤だった。
「えっと……冗談? だよね?」
冗談の話なのか、元気を無くしたオマールの様子から……真面目な話だったのか、アレックスで無くても判断しかねただろう。
「俺の仲間はそれで1人死んだ……それがきっかけでパーティは段々バラバラになって……気が付いたら俺は1人…………」
悲痛な表情でオマールは呟いた。
◆凍りつく酒場
……は? え? おま……狩りの指導のとき、生き残るのが大事とか……いや、それで死んだ仲間が何人もいるって言ってただろ!?
「「「「……………………」」」」
誰も何も言わないがミカドには分かった……誰も何も言えないのだと。
「私もそれで仲間を何人か失ってるわ……」
『お前もかよぉ!!!!!!』という仲間の心の声がミカドはとても痛かった。
……くそが!! お前も『生き残ってさえいれば』みたいな事を言ってたじゃねぇか!! ふざけてんのかよ!??
気づけば、あれほど賑やかだった酒場の喧噪が静かになっていた。
この酒場にいる人間は、誰もかれもがミカド達より長くキナーク砦にいるはずだ。
その誰も、オマールとエマの話を茶化したり怒ったりしていない、ただ聞き耳を立てて気まずそうに酒を飲んでいるその事実がミカドは酷く恐ろしかった。
そこからの事はよく覚えていない……。
木偶の坊で悩んでいた自分が、なんだかとても馬鹿らしくなって酒を浴びるほど飲んだことは覚えている。
そうして意識を失ったんだと思うけど、その意識を失う前、酒場の客の中に酒瓶を尻に当てている奴がいたような……まあ、思い出さなくてもいいだろう。
みんなも更に酔っ払って、結構遅くまで騒いで、何人か酔い潰れたあたりでお開きになった……らしい。
……はぁ。
いつか機会があれば、どういう気持ちであんなにシリアスな感じに『生き残れ……』とか『生き残ってさえいたら……』なんて言ってたのか、シバきながら聞いてやろうとミカドは決意した。

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