【第10話】 試行錯誤……⑤
3 試行錯誤……⑤
狩りが初めて成功した祝宴が終わり、意識が朦朧としたまま新人宿舎に戻って眠りに就くはずだった。
……はぁ。何で目が覚めるんだよ……。
狩りの疲労は間違いなく溜まっているはずなのに、中途半端に目が覚めたミカドはそれからまったく眠れなくなってしまった。
胃の奥底に停滞する安酒の不快な熱さと、最後の最後まで生き足掻いていた魔ウサギの姿が網膜に浮かんでしまい、目を閉じても頭がギラギラと冴え渡ってしまう。
それでもミカドは眠って今日を終わらせたいと思っていた。
眠って明日を迎えて今日の情けない自分をリセットしたいと願っていた。
何とか眠ろうと……寝返りを打ってみたり、頭を無にしようとしてみたり、枕をひっくり返してみたり、足を上げてみたり……とにかく色々試してみた。
「ガ、ガグゥウゥゥーーーー……ゴ、グフッッ!」
右のベッドから、地響きのような不快な肉の震えが鼓膜を揺らす。
たまらず左へ寝返りを打つ。
ミカドは静かに眠りたいのだ……しかし、そこにはさらなる地獄が待っていた。
「ゴヴォォォォ、ゴルルルルゥッ……ズビュ、ズゥゥーー……」
「ガァァァー……グ、バフッ、ゴホッ、ガァァァーー……」
濁流のようなイビキと鼻息……カラカラに乾いた喉が引き剥がされ、思わずせき込む最悪の生活音が部屋中に乱反射している。
それだけではない。
暗闇の奥からは、気道が極限まで狭まった、生存の危機すら感じる不気味な細い呼吸音までが混じり合ってくる。
「ヒュゥゥゥウゥ……ゥ、グ、ッ……ゥ、ウゥゥ……」
あまりにも眠れないミカドは段々とムカムカし始めていた。
……くっそ! 何で眠たくならねえんだよ!!
思考を強制終了させようと布団を頭から被り、必死に耳を塞ぐが、肉体が発する悍ましいリズムは容赦なく布地を透過してきた。
「カ、ハァァァ……ッ、……ッ……、……ガハッ!」
「ズゥゥーーー、スゥゥーーー……ムニ、グ、ぅ……」
「フゥゥゥーー、ガ、フゥゥゥーーーー……」
息が止まったかと思えば爆発するように空気を貪り、土埃を吸い込んだ喉がカサカサと鳴り続ける。
限界だった……。
ブチ切れたミカドはベッドから跳ね起き、暗闇に向かって怒気を含んだ声をぶちまけた。
「お前ら! うるっせええんだよッ!!!!」
しかし、その必死の怒声すら虚しくイビキに溶けていく。
「ガァァァァァゴォォォォォオォォォッッ……ズビュ、ズゥゥーー……」
「グルルルルルガァァァァーーーー……ッッ、……ッ、ズビュッッ!」
「ガ、ガグゥゥゥゥウウウウゥゥゥーーーー……ムニ、グ、ぅ……」
怒鳴った成果は0どころか火に油を注いだかのように悪化した。
……分かったよ! 俺が諦めればいいんだろ!? 俺が!!!!
ミカドは怒りに任せて部屋を後にした。
……ああ、くっそ腹立つ。なんで俺がイビキから逃げないといけないんだよ!
怒っていたら益々眠りから遠ざかるのは分かっていた。
何とか落ち着こうと、ミカドは新人宿舎の縁側に座り、夜風を感じようと深呼吸し、意識を夜の音に集中させた。
小さく、部屋のイビキが聞こえてイラっとした。
……違う! そうじゃない!
◆夜風の告白
このままイライラし続けるのはマズい……そんな風に1人で頭を抱えていたら、アレックスが話しかけてきた。
「こんな時間にまだ起きてたんだ?」
「まあ……ちょっとな」
いつもなら邪険に対応するところだが、なんだかそんな気にもなれず適当な返事だけ返した。
「何か気になってる?」
「何が……?」
アレックスの様子から自分が普段と違う風に見えるのかも知れないとミカドは思った。
「なあミカド……俺さ、今日のエマの話が気になってさ……」
普段明るく、根拠のない自信を口にし、無責任に楽観的な事ばかり言うアレックスが、見たことも無いようなしんみりした感じで弱音を吐いている。
「脱落者が出たらって事か? 確かに考えたくはないなぁ……」
アレックスなら……『みんながいるから大丈夫』とか言うと思っていた。
……こいつ……今日はいったいどうしたんだ?
アレックスらしくない発言に疑問を感じたミカドは、どうしたんだろうとアレックスを見上げた。
「本当は皆なら大丈夫って言いたいんだけど……ミカドはそういうの嫌いでしょ?」
……何だよ……分かってんのかよ……。
「……お前の」
そういう所が嫌いなんだ……。
言いかけて口を噤んだ。
……俺の本音…………。
アレックスの周りを大事にし配慮できる所を凄いと感じ、それができない自分の卑しさへの苛立ち。
アレックスへのコンプレックスはそれが大部分の原因だと思う。
「これからどうしたらいいと思う?」
「はぁ? 何で俺に聞くんだよ」
アレックスの考えている事が分からなかった。
……そんなの、今までみんなで相談して決めてたじゃないか。
その決定に不満がある事も多かったけど、ミカドはきちんと従っていたし、反対意見を出した事もない。
「うーん。 何でかな? 多分ミカドが1番自分で考えた意見を持っているからだと思う」
「今まで通りじゃだめなのか?」
「俺だと皆の気持ちを無視できないしね。オマールやエマの意見にも流されやすい。それに……流されるのは俺だけじゃなくて、みんな少なからずそんな傾向があると思うんだ。だからミカドみたいに自分の意見と判断が出来て、揺るがない奴の考えが聞きたかった」
……何言ってんだこいつ?
「あのさ、俺はそんな高尚な奴じゃない。それに……俺の意見を聞いたら結局それに流されるんじゃないのか……?」
「……そっか、確かに。たぶんそうだな」
アレックスはそう呟いて笑った……。
誠実、高潔、配慮……その眩しさで周り……俺を圧殺しかけるこの男は、俺の歪んだ拒絶すらどこまでも平然と受け入れてみせる……。
アレックスはそれ以上……ミカドに意見を求める事はしなかった。
「俺、もう寝るわ……」
「そっか、明日からもがんばろうな」
沈黙に耐えかねて、ミカドは先に宿舎に戻る事にした。
アレックスの言葉に手を上げて答え、部屋に向かう。
……はぁ。
逃げた先が逃げ場のない、イビキの支配する場所なのを思い出してミカドは陰鬱な気分になった。
◆新兵たちの成長と次なる一歩
それからミカド達のパーティは、戦闘に場慣れするため何度も何度も狩りをくり返した。
幸い大きな怪我も無く、第三者が見ても狩りにも慣れ、上達していると見るだろう。
密かに警戒していたオマールとエマのとんでもない発言も、悪意はこもっていないと判断できるくらいには理解出来たと思う。
あのあと、本当に尻から酒を飲んでぶっ倒れる馬鹿を見たからだ。
いや、そんな馬鹿はどうでも良くて……狩りが上手くなるにつれてみんなのお金も少しずつ貯まっていった。
そして遂に。
「……そろそろみんなも魔法を覚える時が来たと思う」
オマールのその言葉を聞いて、仲間たちは新たな変化にワクワクし、新しく始まるであろう物語に……胸を強く揺すぶられた気がした……。

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