【第2話】 自分を形作るもの……①

アドセンス横長

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2 自分を形作るもの……①

5月頃

「この依頼は、達成できなかった場合、違約金が発生します。ご理解の上、依頼を受けますか?」

ギルドのカウンター越しに、ザハグランロッテは淡々と、しかし一点の隙もない完璧な事務口調で応対している。

「あぁ、分かってる。この依頼を受けるよ」

眼前のやや薄汚れた冒険者は、彼女の纏う氷のようなオーラを特に気にした様子もなく、そそくさと前払いの8シルバーを差し出した。

「……確かに、お預かりしました。それでは依頼が達成できましたら、証明できる物をお持ちの上、ギルドにお越しください」

「りょーかい、ありがとねー」

「次の方、こちらにどうぞ」

ザハグランロッテは淀みのない手際で受付を捌いていく。

それが、かつて伝統ある名家「スカーバラ」の令嬢であり、今や世間で没落の代名詞として揶揄される家名を伏せた、ザハ・グランロッテの現在の日常だった。

結論から言うと、スカーバラ家は没落した。

これまでの国への貢献を考慮され、かろうじて家名そのものは残されたものの、人々の興味が薄れるまでは、由緒正しき家名は嘲笑の象徴として揶揄され続けるだろう。

財産はすべて没収され、その後は、かつて自分たちの派閥で寄子同然だった貴族の援助を受け、なんとか家族が生活できる程度の小さな基盤を作るのが精一杯だった。

そんな家の事情の裏で、彼女は政略結婚の道具にされることを激しく嫌悪した。

だからこそ、今も他人を頼らず、誰にも媚びず、誰にも心を許さず、誰にも感情を読ませない、そんな人間でいることを頑なに続けている。

つまり、相も変わらず人に好かれない、可愛げのない女でいることを自ら選んで続けているのだ。

通常であれば、没落した身でそんなワガママは許されないだろう。

しかし、スカーバラ家には過去の立派な栄誉が残っていた。

彼女が高飛車で可愛げのない態度のままでいても、周囲が嫌々ながらそれを許さざるを得ない程度には。

彼女は相変わらず、前後左右、それに上下を加えてあらゆる方向に、他人との明確な距離を作っていた。

唯一、仕方なく気を使うのは、今のこのギルドの仕事を世話してくれた貴族の令嬢に対してだけである。

「グランロッテさんのお客さんは、みんな普通の人ばかりだね……いいなぁ……」

休憩中、同僚のサラがぐったりと机に突っ伏しながらボヤいた。

それに対して、彼女は何も答えない。

答えるつもりもなかった。

サラがボヤく理由自体は、理解できる。

ギルドの受付は、粗暴な冒険者たちを相手にする職業だ。

好ましくない男どもから、挨拶代わりにナンパされるような場所でもある。

時には危ない奴も混じっていたりするから、常に注意が必要であり……まあ、そういう本当に危険な輩は、冒険者同士の自浄作用によって最低限は排除されるのがせめてもの救いだろう。

そんな場所で、サラは毎日のようにナンパされまくっている。

ちなみにサラは既婚者だ。

ザハグランロッテも、働き始めの頃は当然のようにナンパの洗礼を受けていた。

しかし、彼女は持ち前の徹底的な距離感によって、冒険者たちの下心を完全にシャットアウトしてのけたのだ。

例えば、「なあなあ、仕事が終わったら飯に行こうぜ!奢るからよ!」という奴がいれば、

「貴方には、興味が湧く余地すら無いわね。仕事の邪魔……不愉快よ」と冷酷に切り捨てた。

「おい!少しくらい付き合えよ!」などと強引に迫る奴がいれば、

「これ以上私に関わるなら、除名処分を申請するわ」と言い放って脅し、退けた後に追い打ちで憲兵に突き出したりした。

些細なことでも、徹底して容赦なく距離を取る行動を選ぶ彼女に対し、冒険者たちは次第に警戒し、距離を置くようになった。

ノリで生きているような軽薄な冒険者は、あの能面女を構っても全く面白くないのだと、身を以て学習することになったのだ。

とはいえ、普通に依頼を受けに来るだけの真っ当な冒険者もいるので、職務に忠実な彼女に対する、普通の冒険者からの評判はそこそこだった。

指示通りに動く冒険者たちが、自分の見えない陰で「愛想が無い」だの「能面女」だのと嘲笑混じりに噂しているのは、しっかりと聞き届けている。

そのように言われるのは酷く癪だったが、原因が自分にあるのもまた紛れもない事実だった。

だからこそ、聞こえていないフリをしながら、その陰口を甘んじて受け入れている。

そして結果として、ザハグランロッテに近づかなくなった面倒な冒険者たちがすべてサラの窓口に集中することになり、今に至る。

だからサラの担当する冒険者は、質の悪い奴らばかりになっているのだ。

だが、彼女はサラに対しても一定の距離を取っている。

馴れ合わないことこそが、自分を守るための絶対的な防衛線になると、彼女は今も頑なに信じているからだ。

そんなある日、ギルドの仕事で隣町のギルドへ出張することになった。

予定の数日前まで結構な雨が降っていたため、当日の天気がどうなるか彼女は密かに不安を感じていたが、幸いにも空は晴れてくれるようだった。

隣町までは馬車を使うし、ギルドに所属する実力のある冒険者たちが、報酬を受けて護衛に付くことになっていた。

距離的にも当日のうちに到着する程度なので、そう大した旅ではないはずだった。荷物も、隣町で使う着替えを数日分持っていくだけの軽いものだ。

「さあ、出発するよ。忘れ物は大丈夫ですか?」

雑な言葉の中に丁寧語の混じる御者を務めるのは、ギルドの冒険者だった。

その御者の確認に、ザハグランロッテは愛想も無く、「私は問題ないわ」と端的に答えておいた。

御者は彼女の冷淡な態度を特に気にする様子もなく、他の同行者にも同じように問題がないか確認しに行った。

正式に出発の合図が下ると、隣町に向けて静かに馬車が動き始めた。

馬車の周囲には、馬に乗った五人の冒険者が護衛として並走している。

この冒険者たちは、隣町のギルドで別の仕事を受けるのが本来の目的で、この護衛任務をいわば旅費代わりに受けていると聞いていた。

要は、この地に飽きたから別の地域で仕事がしたい者たちだ。

しばらくの間は、特に問題もなく順調に進んでいた。

しかし、その平穏は、先行していた護衛の冒険者が、先の橋で問題を見つけたらしく血相を変えて報告に戻ってきたことで呆気なく破られる。

「うーん。通れるとは思いますが……絶対とは言い切れませんね……」

冒険者の報告通り、目の前の川に架かる橋はひどく不安定になっており、御者は自信なさげに眉をひそめていた。

見れば、先日の大雨のせいで川の水が激しく増水しており、木製の橋はかなり壊れているようだった。

「馬車ごと落ちたらアホらしいわね。私は歩いて橋を渡るわ」

その場での話し合いが長くなりそうだと感じた彼女は、その無駄な時間の浪費を嫌った。

歩いて渡ると周囲に宣言し、さっさと一人で橋を渡り始めると、残された一団に対して無言の圧力をかけた。

それを見た護衛の冒険者たちは、これ以上話し合うのを止め、馬を降りて一旦は橋を渡ることに決めた。

悩むより試す……彼女の行動によって、うだうだしていた場の空気は、行動を起こす実戦的な流れに変化したのだ。

人間は凸凹した危険な橋の上を慎重に歩き、馬たちは激しい水流の中を泳ぐようにして川を歩いて渡った。

しかし、馬車は水の抵抗をまともに受けるため、どうしても橋の上を渡らざるを得ない。

馬車の車輪は段差に弱い。

周囲から必死に補助されて、やっとの思いで橋を渡ることができる……それくらいには、苦労を強いられる突破だった。

そうしてどうにか渡りきった先で、恐れていた新たなトラブルが即座に発生する。

「これじゃあ、スピードも出せませんや」

御者は困り果てた顔で、泥にまみれた車輪を指差していた。

橋を渡る時の衝撃で、馬車の車軸に歪みが発生してしまったようだ。

ゆっくりであれば走れるが、その進む速度は、人間が普通に歩くスピードの半分くらいまで遅くなる……ということだった。

「やれやれ、一日で着く距離が、とんだ災難だな……」

立て続けに発生するトラブルに、護衛の冒険者たちをまとめている女冒険者が苦々しくボヤいたが、それも仕方のないことだろう。

……本当に、とんだ災難ね。

ザハグランロッテは馬車の荷台に揺られながら、澄まし顔のまま小さくため息をついた。

ただの定期出張のはずだった。

それなのに、歩くより遅いこのスピードでは、今日中に隣町に着くなど到底不可能なのは誰の目にも明らかだ。

さらに、引き返すにしてもあの壊れかけた橋をもう一度渡らなければならない。

……これ以上重ならなければいいけど。

不運は重なりやすい……不安の火種が胸に落ち、ザハグランロッテは嫌な予感が広がるのを感じていた。

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