【第20話】 絶望を運ぶ魔獣……⑤ 冷え切る指先、終わらない錯覚
5 絶望を運ぶ魔獣……⑤
◆虚無の蹲りと、見知らぬ温もりへの逃避
2人で相談し、ミカドが先、後がリオニという形で一度仮眠を取ることになった。
先に寝ることになったミカドだが、極限状態のパニックの影響で身体は熱く滾っており、目を閉じたところで興奮して眠れる状態では無かった。
それでも、ただ蹲り、瞼を閉じていれば頭と身体も少しは休まるだろうと願い、ミカドは意識を暗闇の奥へと沈める努力をすることにした。
……眠くなくても、少しでも寝ないと……。
目を閉じて……呼吸をゆっくり整える。
そして、意識をなるべく無へと近づけていく。
……見えてきた……。
動きを止め、意識的に思考を止める……そうしていると、真っ黒なはずの瞼の裏にパチパチと色が見え始める。
そのパチパチしたものは、大抵は白色だったり深い青色だったり紫色だったり……黄色だったりすることもある。
肝要なのは、その色を見失わないようにぼんやりと集中することだ。
この色は自分が作るイメージで、基本的に焦点の合う中心には現れない。
目の中心で見ようと眼球を動かすと色は逃げ、それでも意識して追いかけると、シャボン玉の様に消えてしまう。
……ぼんやり集中…ぼんやり集中……。
目は動かさないまま、色に集中し続ける……すると、色が段々と濃く、ハッキリ知覚出来るようになってくる。
その時に茶色だなぁ、とか黄色だなとか考えるのは大丈夫だ。
うまく行くと鮮やかな色が割りとはっきり見えるようになる。
そこまで持ってきて、眠りの入り口くらい……。
◆瞼の裏に浮かぶ色、見知らぬ太陽
鮮やかな色が見えた次は、単色より複雑な、風景をイメージしていく。
青々とした木々や山の情景はイメージとして作りやすい。
煌々とした太陽を作ることもできる。
目を閉じていて明るさを感じる事などあり得ないはずなのに…確かにそこに、眩しい太陽を作り上げることが出来るのだ。
……目を閉じた暗闇の中に……眩しい太陽……これが見えたら……いつもは眠っちゃうのにな……。
実際いつもならそのまま微睡みに落ちて行っただろう。
ただ、その日はいつもと違うものが見えた。
……景色がゆっくりと流れて行く。
速度は歩いているくらいの速さ……かな。
木に覆われている……山の中?森?
景色が進んでる……しばらく進み、目の前にあった茂みをかき分けた。
……川? うん……川だな……。
目の前をサラサラと流れる川があった……。
流れていた風景はそこで止まって動かなくなった。
ミカドはなんだか落ち着いた気持ちになった……かと思えば、急に虚しさを感じた。
……なぜこんな気持ちになるのだろう……。
……目の前で川の水が穏やかに流れ……同じように時間もゆっくりと流れて行く。
寂しい…寂しい…………。寂しい?
体が痛い……ここは………。
ミカドは急に目が覚めてきた。
自分がまだ洞窟の中だと思い出したが、頭はまだ寝ぼけている。
……何だか……凄く、リアルな夢だったな……。
流れた涙を拭いながら……ミカドは何も行動を起こせず、ボーッとしている。
……まだ眠たい……涙……。涙……?……俺、泣いていた……のか……??
◆暗闇の簡易照明と、束の間の対話
まだ夢の中で感じた……あの、胸を締め付けるような寂しさの余韻が残っている。
……あれは何だったんだろう……今まで見た夢とは違うような気がする……。
ミカドが不思議な夢のことを考えていると、洞窟内に明かりが広がった。
見ると、リオニが魔導ライトに布を被せて指向性を減らした、簡易照明を作成していた。
「眠れた??」
リオニはそう問いかけながら首を傾げている。
ぼんやりとした薄明かりに照らされたリオニの姿は、とても可愛らしく映った。
少なくとも、先行き不安しかない洞窟で、寝起きにホセの顔を見るよりは何倍もマシだろう。
リオニはそんな事を考えていたミカドを、不思議そうに見ている。
その怪訝な視線が、ミカドの意識をゆっくりと残酷な現実に引き戻した。
「あぁ、思ったより寝れたよ……でも」
ミカドは重いため息を吐き出しながら、ゆっくりと簡易照明の光が届かない……周囲の暗闇を見回した。
どうやら状況は何一つ変化がなかったらしい……その事実に、ミカドはもう一度がっかりする。
……悪夢の方がマシって……割と最悪だよな……。
「残念ながら夢じゃないよ」
胸の内で渦巻いたミカドの思考を完全に読み透かしたように、リオニが淡々と遮ってきた。
「……みたいだね。次はリオニの番だから、起きてがっかりすると良いよ」
「ふふ、何よそれ。でも、少し元気になってるみたい。どうやら仮眠の効果はあるみたいね。私も寝ておくわ」
クスクスと小さく笑いながら、リオニは自分の身体を休めるために、周りを手際よく整え始めた。
「じゃあ、見張りよろしくね」
そう言うと、リオニは頼もしげにライトの薄明かりの中で静かに目を閉じた。
◇
……仮眠する前、やっぱりパニック気味だったんだな。気持ちがずいぶん落ち着いた。いや…寝起きで頭が働いていないだけか……?
怒涛の状況変化……迫り続ける重圧の中、動けなくなるまで息つく暇もなく逃げ続けたのだ。
危機は脱していなかったとしても、束の間の一息はミカドの予想を超えて効果が高かった。
……体力は……少し回復したかな。疲れは……これも、少し取れてる。これなら動けそうだ……。
自分の状態を確認しただけで、もうやることが無くなってしまった。
◆暗闇の考察と、現実逃避の深淵
ミカドが静かに手元の明かりを消した途端、洞窟内は再び容赦のない闇一色に包み込まれた。
その瞬間、ついさっきまで落ち着いたと思っていた気持ちが、一気に嫌な音を立ててザワつき始める。
視界から余計なものが一切映らなくなる代わりに、今度は視覚以外……他のすべての感覚が病的なまでに異常に鋭くなったような気がしてくる。
肌に、洞窟特有のひんやりとしつつも、どろりと湿気を帯びた空気がねっとりと纏わり付く。
その不気味な感触は粘着質な暗闇と相まって、1人起きているミカドの怖気を……サワサワと不吉に刺激してくるのだった。
恐ろしいことに、洞窟のどこをどれだけ探っても、すぐ隣で眠るリオニ以外の生物の気配が全く感じられなかった。
自分たち以外の生命がすべて死に絶えたかのような、完璧な虚無。
じっと目を開けていても、閉じている時と何一つ視界が変わらない。
自分が今、目を開いているのか……それとも閉じているのかすら曖昧になっていく。
ほんの数分しか経っていないはずなのに、まるで何時間もこの闇に閉じ込められているかのような、終わらない時間という……錯覚。
悍ましい暗闇の深淵。
ただ無言で、じっと……暗闇から見られているだけのような被害妄想に襲われ、ミカドはもう耐えられそうになかった。
ミカドの精神を、大洞窟の圧力がぐちゃぐちゃに侵食していく。
……この後、どうすりゃキナーク砦まで帰れるんだ……。
動けない代わりにミカドは、帰還の方法を……本来なら必死に考えなければならなかった。
しかし、あまりにも手持ちの情報が少なすぎて、まともに考えるための材料が絶望的に足りない。
嘆いても無いものは無い……だから、仕方なくミカドは、狂いそうな現実の恐怖から脳を逸らすために、思考だけを逃がすことにした。
そうしなければ、死への恐怖で気が付いた時には発狂していそうだった。
粘着質に纏わりついてくる闇を睨みながら、先ほど見た不思議な夢の事を考える。
あれは本当に、ただの夢だったのだろうか……。
それにしては、胸の奥にへばりついた不気味な違和感がどうしても拭えなかった。
……何か引っかかる……あの夢の主は……自分では無かった、と思う……普通、夢の主人公って自分になるんじゃなかったっけ……?
……俺が情緒不安定になったのって……魔法を覚えてから……だよな? それも関係ある……のか……?
……仮に、魔法が要因で他人の感情が自分に流れ込んでいるとしたら……逆に、自分の感情をその相手に流せたりしないのかな?
手持無沙汰のミカドは、暗闇の中で他者との繋がりが欲しくなっていた。
……怖い……。
もしも自分の失敗で、この暗闇のなか、唯一の心の拠り所であるリオニまで失ってしまったら……。
その圧倒的な喪失への恐怖と不安が、冷たい脂のような汗となってミカドの背中を濡らしていく。
だからこそ、手持ち無沙汰のミカドは、生命の気配が途絶えた暗闇の中で、他者との絶対的な繋がりに無意識に手を伸ばしたのだ。
……ちょっと……荒唐無稽、か……? そもそも、明確に相手がいる前提の考察になってるな……これは単なる、自分の都合の良い願望だな……いや! 相手が実際にこの世界のどこかにいた方が面白いよな……絶対に!
そうやって、半ばヤケクソ気味に脳内で強がってみせる。
しかし、激しく躁鬱するミカドの指先は冷え切り、手は情けなく小刻みに震えていた。
……仮に、その相手が本当にいるなら……? やっぱり、何かやり取りをしてみたい……かな……?
都合の良い妄想に縋ることで、ミカドは無意識に死の恐怖から精神を逃がそうとしていた。
この広大な洞窟で、リオニ以外の温もりを感じさせる音は何一つしない。
暗闇の中で蹲りながら、唯一の温もりを失うのが何より恐ろしかった。
夢の中で確かに感じた、あの胸を締め付けるような虚しさ、そして寂しさ。
……お、俺が失敗したら……リオニを失ったら、あんな気持ちを俺が味わうのか……?
ミカドは、その見知らぬ暗闇の奥に、確かに「誰か」がいるのだと信じ、心の中で静かにその声に応え、縋り付きたいと願っていた。

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