【第18話】 絶望を運ぶ魔獣……③ 『魔猿』の剛腕、暗黒の深淵へ落ちる救助隊
5 絶望を運ぶ魔獣……ブログ用③
◆『第六感』の甘美な響き
「魔猿が出た……!? ミカドのそれ。もしかして、『第六感』ってやつなんじゃない??」
『第六感』……その甘美な響きが、一瞬ミカドの琴線に触れた。
リオニが口にした『第六感』……そうであれば全ての事象に説明がつくように思えた。
しかし、襲い来る『魔猿』の狂気は、それ以上ミカドに考察の暇を与えてくれない。
「ぐわあっ!!」
前線から、味方の悲鳴が上がった。
次の瞬間、ミカドの視界の先で、先頭グループの戦士が何人か洞窟内を飛んでいるように見えた。
「はぁ……?」
……重い装備を身に着けた人間が飛ぶ?
……違う!!
飛んでいるのではない……吹き飛ばされているのだ――。
自分の目で見ているのに、まるで現実感が無い――ミカドの理解を完全に超えた異常な光景だった。
……何だ!? 何が起きている!?
混乱している間も、ガシャガシャと重い金属鎧をまとった人間が、木の葉のように天井へ向かって吹き飛んでいる。
ミカドの思考は、間抜けにも完全停止――宙を舞う人の軌跡を……なす術もなく目で追いかける――それがミカドの限界だった。
◆ 物理法則の崩壊、カッコつける凡人の劣等感
気がつけば、隣にいたリオニに強烈な力で腕を掴まれていた。
指が食い込んでかなり痛い。
「ちょいちょいっ!? 腕が痛いんだけど!?」
腕の痛みに意識を奪われたミカドだったが、不意に思考が引っ掛かった。
……え、ちょっと待って? ていうか、あの魔猿っていうモンスターは、正面から突っ込んできた重戦士を軽々と空中へ飛ばせるほどの膂力を持ってるって事か!?
……ヤバいだろあんな化け物! 逃げないと! 今すぐここから逃げ出さないと死ぬぞ!!
「ど、どうする!?」
内心では完全にパニックを起こして焦り散らかしているミカドだが、それを必死に隠し、冷静なフリを演じ……そして、自分が出せそうにない良案をリオニに丸投げした。
こういう極限状態の時ほど、冷静に振る舞う――それが大事だとミカドは思っている。
……ていうか、何で俺はこんな時にカッコつけて冷静なフリをしているんだ!! 無事に――とにかく無事に生きて――逃げ……。
「えっ?……あっ、そうね、あの猿たちは前の人達に任せよう……私達は、そうね……オドニスを探さなきゃ!!」
ミカドの問いかけに、酷く時間差のある反応をしたリオニは、ミカドの様子を見ることもなく、また考え込んでいる。
一方ミカドは、行方不明の仲間の名前をリオニの口から聞かされ、その瞬間、恥ずかしさと惨めさで急激に顔が熱くなり、居た堪れなくなった。
……目的を忘れてんじゃねえか――!!
本来の目的が頭からスッポリ抜けていた事実に、ミカドは鉄槌で殴られたかのような、強い衝撃を受けた。
……リオニだって困惑してんだぞ!!
自分と違い、頭がパニックになっても、大事なこと、必要なことを導き出し、考えを纏めて言葉にする。
そんなリオニを、ミカドは素直に凄いと感じた。
……それに比べて何をしてんだ俺は!? 仲間を……仲間を助けに来たんだろう!? オドニスを!!
いつも周囲の顔色に怯えて、ビクビクと震えていた自分たちの気弱な仲間……オドニスの顔がミカドの脳裏に浮かぶ。
もし、まだ生きていれば、この地獄のような環境のなかで、不安と恐怖で気が狂いそうになっているに違いない。
すぐにでも見つけて助け出してやりたい……。
けれど、現状――どう転んでもミカドは足手まとい、リオニは作戦を立てても耳を貸して貰うのも不可能だろう。
自分たちのような新米が、あの化け物の前線に手を出したところで良いことにならないのは分かり切っていた……。
魔猿の剛腕によって、無惨に肉塊に変えられる自分の哀れな姿が、ありありと思い浮かんだ……。
◆ 恥を捨てた『割り切り』の咆哮
……クソッ!!
「リオニ! オドニスを捜したい! どうすればいい!?」
「……ちょっと待って……………………そうね、これだけ周囲が騒がしいなら、いっそのこと、大声で呼びかけるのが1番手っ取り早いかも……」
引っ込み思案で目立つことを嫌うミカドには、逆立ちしても思い付かない大胆な発想だった。
……流石リオニだ! 俺とは出来が違う!!
「がはっ、!」
また前方で、血飛沫と共に人間が宙を飛んだ。
……魔猿、絶対にヤバイだろ!?
「怯むな!! 1匹仕留めたぞ!! 畳み掛けろーッ!!」
……嘘だろ!? あの化け猿の群れを相手に、正面から向かっていけるのか――!?
人間を紙切れのように吹き飛ばすモンスター相手に、一歩も引かずに武器を振るう前衛の奴らを見て、ミカドは本気で「頭がイカれてる」と戦慄した。
そしてミカドから見て異常なことに、実際の戦況は、あの……人が吹っ飛ぶ凄惨な前線でしっかりと踏みとどまっている事だ……もう訳がわからなかった。
凄まじい怒号と金属音は響いているが、壊滅的なパニックが起きている様子はなく、雰囲気的にはベテランたちが戦線を維持できているように見える。
……普通なのか? 冒険者の戦闘というのは、これが普通なのか……?? いやいや、こんな狂気の沙汰に、凡人が参加できるわけがないぞ――!?
自分は戦えない。
けれど、オドニスがもしあの前線に近い位置で動けなくなっていたり、戦闘の激震に巻き込まれて死んでしまうのも困るのだ。
……オドニスはどこにいる!? 早く! 見つけて連れ戻してやらないと……!
……怖い――死ぬほど怖い――!!
その本能的な恐怖の絶叫を、ミカドは必死に「オドニスへの心配」という大義名分で無理やり誤魔化し、脳内で無理やり気持ちの整理を付けた。
「っ……オドニースッ!! 助けに来たぞー!! どこだー!! オドニース!!」
……恥ずかしい……死ぬほど恥ずかしい――! でも大丈夫だ、こんなものはただの勢いだ――! 勢いで押し切ればいい――!!
周囲の後衛職たちから『何だあいつは』という冷ややかな視線が一斉に突き刺さるのを感じるが、頑張って全神経を遮断……オドニスの事だけ考えた。
「うわ〜。ミカドは相変わらずだねぇ……割り切ったらいきなり……極端に動く奴だよね!」
あまりに唐突なミカドの大絶叫に、隣のリオニは目を丸くしてビックリしていたが、すぐに呆れたようにいつもの調子を取り戻した。
いいんだ、リオニにどれだけ変な目で見られたところで恥ずかしくなんてない。
そんな甘酸っぱい時期は、2度も経験してとっくに過ぎ去っている。
……いざとなれば恥を捨てて割り切れる!! それが、俺の長所……!
「オドニース!! 近くにいないのかーーッ!!」
恥を完全に捨て去り、喉がちぎれんばかりの割り切った大声で何度も呼び掛けた。
けれど、洞窟のどこからも……オドニスの救いを求める反応は一切返ってこなかった。
「……反応ないわね……」
周囲の暗がりを鋭く観察していたリオニも、耳を澄ませながら首を横に振った。
オドニスの明確な声も気配も確認できていないようだ。
「近くにいないのか、それとも声を上げられないほど身動きできない状態なのか……」
リオニは指先を顎に当て、ブツブツと独り言をこぼしながら、次なる最善手をどうするべきか必死に考えを巡らせている。
ふと前方を見れば、前線ではあの気分屋のレベッカが、嬉々として武器を振り回し、元気よく暴れまわっている姿が辛うじて視認できた。
あれはもう、身体能力の高さも含めて魔猿と大して変わらない猛獣だ。
レベッカには、もう一生逆らわないようにしよう……ミカドは心に誓った……。
アレックスは……前衛の隙間を縫いながら、レベッカの立ち回りを必死にサポートしているようだ。
無茶な動きをしているが、動きを見る限り、まだ怪我はしていないように見えた。
◆ 絶望の背後、蜘蛛の子を散らす戦線
「キーッ!!」
その時、ミカドたちの鼓膜を、至近距離から突き刺すような甲高い鳴き声が襲った。
……なんだ……!? 後ろ――!?? 何でそっちから声がするんだ!?
ミカドが弾かれたように首を巡らせた先、その後方の暗闇のなかで、凶悪な牙を剥いて威嚇している別の魔猿の姿を、ミカドの瞳がはっきりと捉えた。
「っ!! 後ろだ!! 魔猿だーーッ!!」
誰かが喉をからして悲鳴を上げた。
前にいた猿のグループが横穴か縦穴か……何かを使って後ろに回り込んできたのだろう。
前方の戦闘音に衰えはない……あちこちでまだ激しい戦闘は続いている。
「そんな……嘘でしょ、もう1グループ!?」
完全に狼狽したリオニの絶叫が響き渡る。
……グループ!? そうか! 奴らは4匹か5匹のグループって――!!
「撤退だっ!! 防御重視っ!! 無理に倒さなくていいっ!! 全員下がれ!!」
救助隊全体を率いる中心パーティのリーダーから、狂ったような撤退の号令が飛んだ。
その指示と同時に、後方に現れた魔猿たちの群れが一斉に肉弾戦を仕掛けて動き出す。
「嘘だろ!? こっちの後衛ばっかのグループに突っ込んでくるのかよ――!?」
ミカドたちがいる後方のグループは、回復職や支援系ばかりが集まっており、正面から敵と対峙できる純粋な戦闘経験者は絶望的なまでに少なかった。
「いやああああっ!! 来ないで!!」
挟み撃ちにされ、完全に統率を失った後方グループは、文字通り蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げ出し始めた。
逃げ惑う者たちで押し合いへし合いとなり、もはや隊列の維持など到底不可能だった。
……俺も――! 俺たちも――! 無理だ! ここにいたら死ぬ、逃げなきゃ――!!
「防衛線がもたない!! リオニ、逃げよう!!」
もはや、どこにいるかも分からないオドニスの救出どころの話ではなかった。
とにかく、この場から生きて逃げ延びることだけが全てだった。
◆ 奈落の縦穴、勘だけの逃走
「ミカド! こっち!!」
リオニが鋭く指差した方に、ミカドの視線が瞬時に動く。
そこには、パニックになった他の冒険者たちが誰も逃げ込んでいない、さらに地下の深淵へと続いている不気味な縦穴が口を開けていた。
……地下!?
ミカドは悩む時間すら惜しみ、先に進んだリオニを追って、その暗い穴の中へと転がり込むように逃げ込んだ。
背後から迫る魔猿の脅威から少しでも距離を取るために、ライトの光も満足に届かない……先のよく分からない未知の洞窟内を、手探りで壁伝いに必死に進む。
……どこだ!? 俺たちは今、どっちを向いて走っているんだ!?
頭の中ではキナーク砦の方向に向かって逃げているつもりではあったが、ミカドはここが大洞窟であることを改めて意識させられた。
途轍もなく深い暗闇と、尋常じゃない高低差、ミカドの方向感覚は、完全に大洞窟によって殺されていた。
正直に言って、今の勘による当てずっぽうの逃走では、すぐに限界が来るだろう。
……どこかで、確実に安全を確認して……それから、もう一度上の層に出て……本隊の残した探索痕を見つけ出したい!
ミカドは、願望に近い計画を胸に……暗い洞窟を手探りで進む。
……1人じゃなくて……良かった

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