【第6話】 盗賊の本分……①
3 盗賊の本分……①
5月
「うーん。何かあんまりパッとしないなぁ…」
放置された馬車の荷台を漁りながら、男は不満そうにボヤいた。
「俺の観察力がやっぱり足りないのかぁ…?」
別段高くもない中背な背丈はパッとしない見た目だが、服の中は細身で実用的。
生きていくために必要な筋肉しか残っていない。
顔つきはどこにでも居そうな平凡さだが、余分な肉が付いていないせいで、何割増しか精悍には見える。
男の名前はロス・グレイブ。
この近辺を縄張りにしている山賊一味に加わった盗賊…何を隠そう、俺である。
そんなナイスガイな俺は馬車の荷台を漁りながら溜息をついていた。
「食いもんばっか…」
食べ物は貴重だが、食いきれない量だと腐らせてしまう。
それは非常に勿体無い事で、だからこそ溜息も出てしまうのだ。
「持ち運べて必要な時に必要な物に変えられるし…本当は金目の物がいいんだけどなぁ…」
金目の物であれば腐らないし嵩張らない。
「これ、ボスが納得するかなぁ…」
所属する山賊団には当然ボスがいて、金目の物が無いと、たぶん怒る。
どうしたものかと考えていると、その悩みの種がすぐ近くから鼓膜を震わせる怒鳴り声を響かせた。
「ロスぅっ!!なに油売ってやがる!ブッ殺すぞ!!」
明らかに見た目のおかしい男が、おかしな顔で激昂し、声を張り上げている。これがボスだ。口癖は「ブッ殺すぞ」。
「へいボスっ!荷台に金目の物はありやせんでしたっ!屋根に隠してないか確認してみやすっ!」
更なる怒りを誘発しないよう、先ずはテキパキと返事をする……これが、このボスに対して一番大事なこと。
次いでボスの様子を窺い、自分の行動の最適解を考える。
この場合の最適解とは、ボスの機嫌を損ねない……可能なら機嫌を良くする行動になる。
「何見てんだっ!サッサと屋根を確認しろ!ブッ殺すぞっ!!」
「はい喜んで〜っ!」
短気なボスには素早い返事が必須だ。
返事の内容が若干バカにしたようになっても気にしてはいけない。
ボスは頭がおかしいので、返事が少しくらい変でも気付かないからだ。
「とはいえ…素早さが足りないとホントに死んじゃうからなぁ〜…よっ…」
俺は軽快に身を躍らせ、馬車の屋根へと這い上がった。
用心深い奴は、大事な物を屋根に隠す事がある。
屋根が二重構造になっていた、なんて事もあった。
「さて…屋根にはぁ〜何も…ない!ボスぅ!屋根には何も無さそうですぜっ!」
……仕掛けも…無さげ…かなぁ…?
荷台の屋根など調べる広さも大したことはない。
叩いたり、継ぎ目におかしな部分は無いか、念入りに見ていく。
「ロスぅ!何やってんだ!ブッ殺すぞっ!!」
「はいぃっ!ブッ殺されない様に調べてますぅ!!」
“ブッ殺ボス”への返事は素早く。
それがこの山賊団で生きるコツのようなものだ。
……それにしても、これほどの上等な荷物と馬車を放り出して逃げるくらいだし……割と大変な事が起こったんだろうなぁ……。
ロスの目は屋根の上から、地面に付いた夥しい量の血痕を眺めている。
おや…?
いま何か…動いた…ような…気が…。
地面の赤黒いシミを見ていたロスの目の端、視界の境界線で、何か動くものが映りこんだような気がした。
自称・足りない観察眼で見つけたこの時の発見と判断を、俺は今でも自分で自分を褒めたいと思っている。
「ボスっ!ちょっと森の中…すぐそこを見てきます!」
「ああっ!?何勝手な事言ってんだ!ブッ殺すぞ!?」
「ボス!殺されたら金目の物を探せなくなっちまいやす!それに、ここには大きな血痕が残ってますからねぇ…直ぐそこに死体があるかも知れねぇんすよ!死体があれば何か金になるものも有るかも知れねぇ」
「何やってんだロスッ!サッサと見てこねぇとブッ殺すぞ!!」
「はい喜んで〜っ!」
ボスの許しに適当な返事をし、森に歩を進めていく。
何かいる……そう確信しながら。
◇
足音が近付いてくる……。
ここまでやっとの思いで馬車まで戻って来たのに……。
運が無い……思い通りにならない……私の不運はいつも私の邪魔をする。
重なる不運に、私は激しく歯噛みするが、それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。
動けない緊張感の中、焦りが足元を狂わせる。
茂みに潜もうとした拍子に、体に触れる葉から「カサリ」と不自然な音を鳴らしてしまった。
◇
んん……何か聞こえたな……。
その微かな衣擦れの音を、ロスは聞き逃さなかった。
いる……何か、確実に。
俺は念の為に懐からナイフを抜き、側に生える木にいつでも身を隠せる様に注意しながら、一歩、また一歩と慎重に進む。
◇
「ガサッ……」
さらに正面の茂みの向こうで、誰かが意図的にたてた音がした。
私は、近付いてくる物音に怯えながらも、あえて故意に足元の枝を踏み折って音を鳴らした。
バレているのなら、ある程度の場所をあえて知らせた方が早い。
私は追われているのだ。
今は見えないが、背後からはまだゴブリンどもが迫っているだろう。
この見えない相手との駆け引きに、余計な時間はかけられなかった。
……大丈夫、うまくいかなくても……死ねばいいだけ……。
いつもの様に『死ねばいいだけ……』そう頭の中で呟くと、不思議とすっと覚悟が決まる。
肝が座る、冷静になれる。私が、私でいられる。
甘いような、苦いような……そんな独特の匂いと、冷や汗の匂いが混じった、自分とは違う他人の香りが、風に乗って私の鼻先をくすぐった。
◇
……近いな、すぐそこにいる。人か……魔物か……それともただの動物って可能性も……?
相手は恐らく隠れている。
経験上、こんな時は……小細工をせずに素直にやってみると、良い風に転ぶんだよな。
「そこに誰かいる?」
ロスは低い声で喋りかけながらしゃがみ込むと、気配を消すため、動きを止めてジッと待つ。
待っていれば、辛抱できずに相手の方が動くのを、俺はこれまでの経験からよく知っている。
……魔物なら直ぐに動くんだけどな。
相手の出方はまだ分からない……焦らされるロスの緊張感はじわじわと高まっていった……。
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