【第14話】 洞窟探索……③ 『バンッ!!』オドニスの悲報と、感情の暴走
◆『バンッ!!』、引き裂かれた日常の喧噪
激しい音を立て、勢いよく弾き開けられたドアから酒場へ滑り込んできたのは1人の男だった。
その姿を見た瞬間、店内の喧騒は文字通り、一瞬にして凍りついた。
男の装備はボロボロに引き裂かれ、いたる所からどす黒い血が滲み出ている。
まともな精神状態ではないことは、その血走った眼球と、ひどく乱れた呼吸が何よりも雄弁に物語っていた。
男は重そうな装備をガチャガチャと鳴らしながら、身振り手振りで必死に周囲へ訴えかけている。
よほど激しい戦闘をしたのだろう。
鎧はアチコチが凹んだり欠けたりしていた。
……あれ、どっかで見たことある気が……いつだっけ?
「なあ、あれってアレだろ? 俺達がこっちに来た時に勧誘に来てた重装備パーティの」
いつの間にか側に来ていたソーマが小声で話しかけてきた。
ソーマの目も、その男に同情的に見える。
……重装備パーティ……あ、そうか……確かに、あの時にいた気がするな。
ソーマに重装備パーティと言われ、ミカドは微かに残る……ぼんやりとした記憶を引き出した。
……あの男がそうだったかまでは覚えていないけれど。
「あんなにボロボロだったかな……?」
「うーん……もっと綺麗だった気がするな。重装備だし、あんなに凹ますのも大変だと思うんだよ。それが凹んでたら覚えてると思うんだけどなぁ」
視界魔法を得たソーマの鋭い目が鎧の深い傷を追い、事の成り行きを見守っている。
あの時の重装備グループだと思われる男は、周りの奴らに必死で頼み込んでいた。
……誰か話くらい聞いてやれよ。
最初こそ冷やかしの反応を見せていた客達も、男の必死な姿を見てとっくに茶化すのを止め、みんな真剣な表情になっていた。
仲間を本気で助けたいと思っているのが雰囲気から伝わってきて、少しホッとした。
これだけの人数がいるんだから、男の願いはたぶん叶うだろう。
ここからだと内容は良く聞こえないけれど、この中で有力っぽいパーティのリーダーが重装備の男から詳しい状況を聞いているようだった。
……他人なんかどうでもいいけど。
どうでもいいというか、興味が無い。
……関わりが無いんだから……みんなそんなもんだよな?
だからといって、不幸になれば良いとミカドが思っている訳ではない。
アレックスじゃないけれど、みんなが幸せになれるなら、それが一番だと思う。
……まあ、そんな事はあり得ないから『捨てる』って選択肢を残すんだけど。
そんな事を考えていると、顔色の悪いアレックスが目についた。
かと思えば唐突に立ち上がり、フラフラと重装備の男に近付いていく。
……何してんだ、あいつ?
「お、おい、アレックス……?」
仲間も気付いたようだが、アレックスの動きは酷くゆっくりで、焦るよりも『どうしたんだろう?』という気持ちで見送ってしまう。
ミカドも、そんなアレックスを黙って見ていた。
「あの……」
アレックスは重装備の男に声を掛けた。
重装備の男の周りには人が沢山いて、まだ話している途中だった……アレックスが誰かの邪魔をするのは非常に珍しい光景だった。
……あいつ、何を……?
そう思いながら、他の仲間と同じようにミカドもアレックスの行動を黙って見ている。
◆こぼれ落ちた本音、向けられた据わった目
「あの……」
アレックスがもう一度声をかけた。
「オドニスは……?」
……………………えっ?
アレックスの言葉が頭に入り『オドニス』という名前がしばらく巡る……それが、何か理解した時、ミカドの体は瞬間的にビクリと反応した。
……オドニスだって?
視線がアレックスと重装備の男に固定され、まるで金縛りにあったみたいに動かなくなった。
まばたきするのも無理だった。
「きみは……」
アレックスに気が付いた重装備の男の目が、アレックスへと向けられた。
いや、気付いたのは『オドニス』という名前の響きだったかもしれない。
『オドニス』が何の事か理解しても、今度は混乱で頭が働かなくなった。
そうしている間にも、アレックスと重装備の男の会話は進んでいく。
「オドニスは……俺達の仲間なんです! オドニスは!?」
男の反応からオドニスを知っていると確信したアレックスは、男の肩に手をやり激しく揺さぶり、余裕なく問い詰めた。
会話に遅れ、理解に遅れ……ミカドは何もできなかった。
ただ、アレックスの言葉を聞いているだけだ。
……オドニス。
「オ、オドニスにはマズイと思った時に1番に下がらせて身を隠すように言った……けどすまない、その後の確認までは……」
それは、ついさっきまで他人事のように聞いていた自分たちを、一気に当事者へと変える決定的な発言だった。
……オドニスが危険だって?
まるで現実感が無かった……。
オドニスは仲間の中でも相当な怖がりで、いつもやんちゃな仲間から逃げ回るような奴だった……。
……そのオドニスが?
「皆さんで助けに行くんですよね……?」
テーブルに手を置き、静かに言ったアレックスの目は完全に据わっていた。
あれは周りに対する脅しだった……。
『オドニスを助けに行け! 逃げるな!』と……アレックスの目が叫んでいた。
重装備の男に後を任せ、仲間のテーブルに戻ってきたアレックスは、既に覚悟を決めた顔をしていた。
「お、おい。オドニスは大丈夫なのかよ?」
ホセはアレックスにそう言ったが、そんなの誰にも分かるわけがなかった。
普段なら、ホセにも優しいアレックスが何も答えないのだ……彼の焦点の合わない目は、仲間ではなく、洞窟の暗闇を見据えているように見える……それが、ミカドの不安をどうしようもなく大きくしていく……。
なにより、重装備の男が『助けを求めて』ここに来た。
『手遅れ……』
嫌な言葉が頭をチラついた。
オドニスが逃げ損ねていたら……。
「助けに行く……!」
……言うと思ったよ……。
アレックスなら言うだろうなという言葉を耳にし、こんな緊迫した状況であるにも関わらず、ミカドの胸にはチクリとした劣等感が刺激された。
……そうだ……アレックスはこういう奴だ……。
……だからこそ皆アレックスに付いていくし、信頼されている……。
……だけど。
「あ、当たり前だ! オドニスがピンチなのにジッとしてられるかよ!!」
ホセの大きな声が響く。
それは、ミカドもそうだったし、みんなも同じ気持ちのはずだ。
◆熱くなれない情けなさと、冷徹な生存本能
……だけど………………。
「助けに行こう! 今は別のパーティでも私らの仲間だ!」
「気を付ければ……大丈夫……だよね?」
「……助けなきゃ……」
「きっと不安で怯えてる……」
仲間たちはみんな、助けに行きたい気持ちで溢れていた。
……これは良くない流れだ。一度落ち着いた方が良い……。けど、この空気で反対意見を言うのはかなり勇気が……。
「ちょっと待って!」
その怒涛の空気の中、オマールがストップをかけた。
「心配なのは分かる! だけど危険だ! ここは熟練者に任せておくべきだ!」
真剣な表情だった……。
オマールは間違いなく、自分たちの事まで考えての提言をしていた……ミカドにはそれが分かった。
……でも駄目だろうな……。
「ダメだ! 助けに行く!!」
アレックスは即座に反抗した……ミカドの予想通りだった……。
「落ち着いて? 本当に危険なのよ!?」
今度はエマが反対した……安に助けに行くのは反対のようだ。
冷静に見ていれば分かる……オマールとエマはきちんと状況を見て考えていた。
一方で、アレックスはどうだ……?
……あれは完全に感情判断だろ。
◆多数決の呪縛
……俺はどうだ……? 俺は……仲間がピンチなのに、なんでこんなに冷静なんだ……? 普段は照れ臭くて距離を取っちゃうけれど……仲間の事は大事に思ってただろ?
……俺はこんなに冷たい……これが本当の自分……なのか?
……そんな…………。
「あんた等はオドニスと関わりが無いもんな! けどよ、俺達はずっと一緒に育ってきた仲間なんだよ!!」
ホセのシンプルで熱い叫びが、ミカドの胸に深く突き刺さる。
魔法を選んだ理由が同じで恥ずかしかったはずなのに、今はホセと同じように熱くなれない自分が情けなくて……恥ずかしかった。
「ここでジッとなんかしてられるかよ!! 嫌ならここに残ってりゃいい!!」
遠慮の無いホセの言葉は感情的だ。
ホセの言葉は……オマールとエマに『お前達は仲間じゃない』と言っているのと同じだ。
……流石に言い過ぎだ!
まるでその場の空気が冷え切ってしまったかの様に感じた。
だけど、オマールとエマに嫌われても……みんなオドニスを助けに行きたい。
みんなの気持ちはもう……決まっていた……。
……俺はどうだ……? どうしたい……? どうすればいい……?
冷静さを失わないよう、頭で自分の感情を、暗闇の中で手探りするように探し回った。
そうすると……『オドニスを助けたい』という声が、胸の奥底に確かにあった。
……俺も……オドニスを助けたいんだな。
みんなと同じ温かい気持ちが自分の中にも見つかって、ミカドは心の底からホッとした。
……だけど。
「嫌な予感がする……」
気が付けば、ミカドは感じるままに、その不穏な本音を声に出していた……。

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